【正論】明治ルネサンスで時代に新風を 文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司 - 産経ニュース

【正論】明治ルネサンスで時代に新風を 文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司

新保祐司氏(瀧誠四郎撮影)
 ≪日本人を覚醒させる節目の年≫
 6月12日に行われた米朝首脳会談に象徴されるように北東アジアの安全保障の環境が激変しつつある今日、日本は大きな岐路に立っている。このような危機的な状況が、明治150年の節目の年に到来したのは、日本人に歴史を回顧させ深い覚醒に至らしめんとする何ものかの深慮かもしれない。というのは、日本の今後の進路を考えていく上で、精神の根底にあるべきものは「明治の精神」から受け継ぐことが必要だからである。
 小林秀雄、中村光夫、福田恆存による鼎談(ていだん)「文学と人生」の中で、「トーン」が話題になっている。中村が「小林さん、いろいろ文章を見ていて、文学者に一番大切なことというか、本質的なことって何んだと思いますか」と聞いたのに対して、小林は「トーンをこしらえることじゃないかなあ」と答え、中村は同意している。このトーンとは、人間の根底から作られるものであり、その表に現れるものが何であれ、いわば基調として聴こえてくるものである。
 このトーンを捉えるのが「大切」であるということは、時代精神についても言えることである。時代精神とは、その時代の国民が作りあげるものであり、その時代精神にはそれぞれの時代のトーンがあるからである。明治時代には、明治のトーンがあり、大正時代には、大正のトーンがあった。
 ≪戦後は新たな「成金天下」だった≫
 明治100年のときに、『日本の百年』(全10巻)が出た。今、ちくま学芸文庫に入っているが、タイトルは「1 御一新の嵐」「2 わき立つ民論」「3 強国をめざして」「4 明治の栄光」「5 成金天下」「6 震災にゆらぐ」「7 アジア解放の夢」「8 果てしなき戦線」「9 廃墟の中から」「10 新しい開国」となっており、それぞれの時代の特徴をよく捉えたものとなっている。明治は、まさに「明治の栄光」というトーンがふさわしい。
 大正時代を扱った第5巻は、「成金天下」となっている。序章は「金の世の中」であり、その第1節は「成金ブーム」である。「成金とは、将棋の歩(ふ)が敵地にのりこむと一躍金に『成る』ことにたとえた言葉で、日露戦争のあとに生まれた新語である」と書かれている。「成金」の典型の一人、実業家の福沢桃介は、明治の文明開化の先導者、福沢諭吉の娘婿であった。「一身独立して一国独立す」と言った福沢諭吉の明治から相場師として株で財産を作った福沢桃介の大正という時代への変転こそ、この2つの時代のトーンの違いをはっきり示すものはない。
 第7節の「成金没落のあとに」には「金に成っても所詮(しょせん)は歩。成金とははじめから没落を予想しての渾名(あだな)かも知れない」と書かれているが、大正時代のトーンとは、このような空疎な響きであった。「大正デモクラシー」とは、このような「成金天下」の時代精神から発生したものにすぎなかった。
 そして、昭和45年の三島由紀夫の自決以降、昭和50年代からバブルを経て平成の30年間とは、いってみれば大正的な時代だったのではないか。「戦後民主主義」というものも、いわば「大正デモクラシー」の敗戦国版であり、戦後日本という新たな「成金」の時代にふさわしいものであった。
 ≪独立自尊へ雄々しい決断を≫
 しかし、来年の5月1日からは新しい元号の時代になる。この時代からは、明治ルネサンスが始まらなければならないのではないか。明治のトーンには、「明治の栄光」が貫いているからである。
 第4巻の「明治の栄光」は、橋川文三の編著であるが、日清戦争から日露戦争までの10年間の時期について「この時期のことを日本国家の『古き良き時代』とみなすことは、多くの人びとの回想に照らして、必ずしも不当ではない」と書いている。
 保田與重郎は『明治の精神』の中で、その時期のことを「三十年代の最高潮の日本」と呼んだ。保田のこの本は、岡倉天心と内村鑑三の2人を「世界人」としてたたえたものだが、天心の『茶の本』と鑑三の『代表的日本人』を念頭に置き「彼らの出現にはつねに詩人と英雄とが、彼らの本性としたところの、颯爽たる英風が自づと匂ひ出たのである。その意味でも彼らは日本の明治芸文を海外に代表したことを後世の僕らが感謝すべき世界人の一人づゝであつた。伊藤公爵のやうに、乃木大将のやうに、東郷元帥のやうに、そして黒木大将のやうに、彼らは三十年代の最高潮の日本の世界的時期を舞台として颯爽と日本の精神史を彩つたのである」と書いている。
 文明開化の明治は、西洋文明に影響を受けつつも一方で逆に日本を強く自覚した時代であった。前述の『茶の本』『代表的日本人』と新渡戸稲造の『武士道』は、英文による著作であり、深く意識された日本を世界に示すものであった。日本についての痛切な自覚に基づいた明治の精神のトーンをよく耳を澄まして聞きながら、今日のグローバルな世界の中での日本の独立自尊の進路を雄々しく決断していかなければならない。(文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司 しんぽ ゆうじ)