【正論】不信高まる小池流「たばこ条例」 現代史家・秦郁彦 - 産経ニュース

【正論】不信高まる小池流「たばこ条例」 現代史家・秦郁彦

現代史家の秦郁彦氏(大西正純撮影)
 ≪活路を狙う焦りの「産物」≫
 小池百合子氏が都民の熱狂的な支持を背景に、東京都知事に就任してから早くも2年になる。しかし、これという実績を示せないまま、知事の人気は低落しつづけている。
 何とか活路を見いだそうと、知事が強引に推し進めた「受動喫煙防止条例」は、6月27日の都議会で賛成多数で可決、成立した。彼女が公約として掲げた「原発ゼロ」「電柱ゼロ」「花粉症ゼロ」「受動喫煙ゼロ」など「12のゼロ」のうち、1つぐらいはと焦った心境の産物だろう。
 その思惑が的中したのか、産経新聞(5月30日付)は「(条例への)期待から支持率が回復基調」と報じた。主要メディアは概して、事実経過を淡々と伝える中立的姿勢に終始したが、例外も見かけた。6月28日の社説で「東京が全国のけん引役に」の見出しをつけた毎日新聞である。社説はさらに区によって規制がバラバラになっている「屋外での喫煙者対策を」とか、条例執行の実務を担う区市の保健所を大増員せよと提言するなど、エールを惜しまない。
 ちなみに都条例と同趣旨の条例は、既に神奈川県と兵庫県が施行している。だが朝日新聞のアンケートだと、46道府県の大半が、受動喫煙を規制する国の健康増進法改正案が準備中(6月19日に衆議院を通過、7月の会期中に参議院が議決の見込み)なので「独自の条例制定は検討していない」(6月28日付)と報じていた。
 そもそも目的や対象がほぼ重なり合う法と都条例の審議が雁行(がんこう)した場合、条例は撤回するか修正して整合性を保つのが常道だろう。
 ≪違憲のリスクも覚悟で独走≫
 法令と条例の関係を律する根拠は、憲法の「地方公共団体は…法律の範囲内で条例を制定することができる」(第94条)と地方自治法の「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて…条例を制定することができる」(第14条(1))だ。
 小池知事も、この3月頃までは国会の法改正が実現しそうなので、条例の提出は見合わせると公言していた。ところが4月に入ってから、国の動きにはお構いなく、憲法違反のリスクも覚悟で独走する決意を固めたらしい。
 都の担当部局に聞いてみると、条例は政府法案の内容とは重複せず、補完するという解釈に立つが「都民が違憲訴訟を起こすことはあり得るでしょう」と涼しい顔だった。ついでに屋外も禁煙にしている区条例との整合性はと聞くと、「都条例は屋内喫煙だけを対象にしているので、区条例に立ち入る予定はありません」とのこと。訴訟になっても「都民ファースト」「健康ファースト」のような小池流のスローガンで世論を味方につけ、争っているうちに任期切れになるという読みなのかもしれない。
 ところで小異はさておき、規制範囲をめぐる最大の争点は中小規模の飲食店への対処である。対象とされる都内の飲食店は16万2千軒だが、国の法案では100平方メートル以下の中小は喫煙可に対し、条例は広さを問わず原則禁煙、ただし従業員のいない零細店は喫煙可としている。
 その結果、規制対象は国が45%に対し、条例は84%と推計されているが、91%という試算もあり、実質的には100%に迫る可能性もある。千代田区のように区内全域を屋外禁煙としているところでは、たばこは売っているが、吸う場所がない事態となってしまう。
 零細店を抱える飲食業7組合は「深刻な売り上げの影響(2千億円減と試算)や廃業に追い込まれるのは確実」と危惧する。しかし陳情やデモを重ねても「問答無用で規制しようとする知事の姿勢に強い不信感」(6月1日付の公開質問状)を表明した。
 ≪零細店はつぶれてもよい?≫
 それに対し、小池知事は理解を示すどころか、6月8日の記者会見で「諸外国の事例では(売り上げには)影響がなく、増加した」と述べた。フェイク情報ではないかと反論されるや、ほとんどの飲食店が禁煙となれば、選択の余地がなくなるので、「影響は少ない」(6月27日の組合への回答)と言い換えた。「つぶれても仕方がない」とは言いにくいゆえの逃げ口上だろう。
 思い起こされるのは「中小企業が倒産し自殺してもやむをえない」と失言して大騒ぎになった池田勇人蔵相(のち首相)の故事である。以来、中小企業に対するこの種の発言は、政治家には禁句とされてきた。江戸時代でも町人は不満が高じると、「(奉行所の)打ち壊し」を起こすので、町奉行は戦々恐々となる一面があった。
 小池知事が池田勇人張りの言動を見せれば、打ち壊しの代わりにリコールの憂き目にあうだろう。
 もし彼女に起死回生の策があるとすれば2年後に迫ったオリンピックの開催日を猛暑の恐怖を避けるため、前回と同じ秋の好季節へ移すこと、屋外喫煙はセーフと思い込んで来日する選手、観光客のため、区条例の適用を3カ月凍結することかと思う。(現代史家・秦郁彦 はた いくひこ)