海の日 「7月20日」に固定したい

主張

 海の日が大きなうねりに翻弄されている。

 平成7年、祝日法で7月20日と定められた海の日は、「ハッピーマンデー」制度に伴って15年から7月第3月曜日となり、今に至っている。

 しかし、2年後の2020年は、東京五輪・パラリンピックの開催による都内の渋滞緩和などを目的に、五輪開会式前日の7月23日に移される。体育の日(10月第2月曜日)は7月24日に、山の日(8月11日)は閉会式翌日の8月10日に移行する。

 国を挙げての事業のためとはいえ、時々の都合で日付を動かすのは、祝日の本来の趣旨を損なうことにならないか。

 海の日の移動には、超党派の国会議員らが反対してきたが、五輪翌年から本来の7月20日に固定することを条件に容認に転じた経緯がある。一方で、3連休が減れば経済的損失が大きいとして観光業界が固定化に懸念を示すなど、今後の見通しは不透明だ。

 海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願うとの海の日の意義をいま一度確認し、固定化へ向けて議論を深めるべきである。

 海の日は明治9年、東北巡幸を終えた明治天皇が灯台巡視船、明治丸で横浜に帰港した7月20日にちなむ。その由来は無論のこと、明治丸が日本の権益に多大な貢献をした史実も忘れたくない。

 小笠原諸島は幕末から欧米との間で領有問題が生じていたが、明治8年、同諸島の所轄方針を決めた政府は調査団を乗せた明治丸を当地に派遣した。英国も軍艦を向かわせたが、明治丸が英艦より早く着き、結果的に小笠原諸島の日本帰属につながった。小笠原周辺海域は日本の排他的経済水域(EEZ)の約3割を占める。

 わが国領海の主権と安全が中国の覇権主義的な海洋進出によって脅かされている現在、明治丸の活躍は海洋立国を目指す日本国の意気込みを示すものとして、国民の記憶に刻まれねばならない。

 その際、「7月20日」という日付は、人の記憶を深め、また呼び起こすための重要な関連づけとなるのではあるまいか。

 日本のように海に関する日を祝日としている国はまれで、海洋国の面目躍如たるところだ。だが肝心の祝日の意義が国民に顧みられないようでは意味がない。国民の関心を海に向けさせる施策を今こそ、真剣に考えたい。