【日曜に書く】W杯という大河を楽しむ 論説委員・別府育郎 - 産経ニュース

【日曜に書く】W杯という大河を楽しむ 論説委員・別府育郎

ロシアW杯の公式練習で話をする西野朗監督(右)と本田圭佑=ロストフナドヌー(撮影・中井誠)
 いよいよ、決勝戦を残すだけとなった。ワールドカップ(W杯)は優れた大河ドラマのようだ。胸に勝手な脚本を描きつつ、その結末を楽しみたい。
盛者必衰
 例えばドラマの始まりを、2010年南アフリカ大会を「チキタカ」と呼ばれる魅惑のパス回しで制したスペインの優勝にあったと仮定する。大会後、世界の潮流は、これを追うか、倒すかに大きく分かれた。
 4年後のブラジル大会で伝統の4-3-3のシステムをかなぐり捨て、5バックの堅守速攻でスペインを5-1で粉砕したオランダがその典型だろう。守りに人数をかけて攻撃は縦に速くの一辺倒。その流れは今大会でさらに顕著となり、1次リーグから強豪国を苦しめた。ただし目先の勝利を追い求めた罰でも受けたか、オランダは今大会、出場さえ逃している。
 ブラジル大会を制したのはドイツだった。国内最強のバイエルン・ミュンヘンはバルセロナから名将グアルディオラを監督に招いて戦術を一変させ、バイエルンの選手が大半を占める代表チームは他を寄せ付けなかった。規律に厳しく、体格に優れたドイツがスペインの戦術を取り入れ、無敵のチームができあがったようにみえた。だが今大会ではメキシコと韓国の徹底した堅守を攻めあぐね、1次リーグで大会を去った。
日本代表
 かのドイツにして盛者必衰の理(ことわり)からは逃れられないらしい。
 そして「チキタカ」を目指した国に、ザッケローニが率いた日本がある。パスサッカーで世界と戦えると指揮官に褒められて「俺たちのサッカーでW杯優勝を目指す」と豪語した選手らは、ブラジル大会で1勝もできなかった。チームを去るザッケローニは「もう一度W杯を戦えるなら選手も戦術も同じ選択をする」と話したのだという。
 当時のコラムに「その時は、もっとうまくやるだろう。ただそんな大会はやってこない」と書いた。不明を恥じる。
 意気消沈の選手らは八百長疑惑のアギーレを経て代表監督にハリルホジッチを迎えた。「デュエル(戦え)。縦に速く」の指示は多数派の潮流に沿うものだったが、ベテラン選手の不満が募り、電撃解任に至った。
 後を託された西野朗は短い試行錯誤の末、システムをザッケローニ時代の4-2-3-1に戻し、ボールの保持を志向した。選手らは生き生きとし、決勝トーナメントに進み、強いベルギーを苦しめ抜いた。
 本田圭佑は「(ブラジル大会で)僕らが目指したサッカーを表現できた」と話し、ザッケローニは伊紙の取材に「自分がベンチに座っているようだった。なぜなら選手はほぼ全員を知っていたし、プレースタイルもそうだった」と語った。
 ただ今大会で成果を残したのは4年前のチームではない。当時の大きな敗因だった選手の過信を根底から破壊したのはハリルの功績だろうし、ベルギーの守備網を切り裂いた柴崎岳のスルーパスは「奪って速く」とハリルが求め続けたものだ。ハリルが引き絞った弓を、西野が放ったようでもあった。
 サッカーの攻守は表裏一体のもので、本来は論じることにあまり意味はない。決勝を戦うフランスなどは相手や展開によって自在に違う顔をみせる。ただ能動と受動、ポゼッションとカウンターのどちらをベースに戦うかは思想、哲学の問題なのだろう。その相克が、W杯という大河のドラマ性を深める。
花嫁の涙
 2002年W杯のロシア戦前に、今は亡き長沼健さんに聞いた話だ。メキシコ五輪前に日本代表を率いて欧州に遠征した。横浜港からナホトカを経てシベリア鉄道とバスを乗り継ぐ間に小さな町で結婚式に遭遇した。日本代表と知られて参列を求められ、全員ジャージー姿で出席し、横浜港で買った銀のスプーンセットを贈った。花嫁は大粒の涙を流し、「サッカーのナショナルチームに祝福された幸せ」を語ったのだという。
 ソ連の花嫁に「代表の価値」を教わった長沼さんは「だから恩返しがしたいんだ」と話した。そして日本はロシアを1-0で下し、恩返しを果たした。
 今大会では多くの地元の観客が日の丸のはちまきを巻いて日本を応援した。現地をさらに感激させたのは、敗退後のロッカールームがきれいに清掃され、「スパシーバ(ありがとう)」のメモが残されていたことだ。これも恩返しという長いドラマの、見事な終幕と思いたい。(べっぷ いくろう)