【産経抄】7月15日 - 産経ニュース

【産経抄】7月15日

 語感は耳に優しくても、使う機会がないに越したことはない。そんな言葉は多い。「水見舞(みずみまい)」はその一つである。洪水や浸水など水害に遭った地域を気遣い、見舞うことをいう。歳時記には夏の季語として載っている。
 ▼国文学者の池田弥三郎さんが「水見舞に水」と書いていたのを思い出す。井戸に頼った昔は水害にやられると、何よりも飲み水の確保に急を要した。〈水提げてなほ降る中を水見舞〉広江八重桜。見舞いの品として水が重宝されたことは、この句からもよく分かる。
 ▼あれほど激しい雨を降らせた空には、一転して「梅雨明け十日」の青が広がった。犠牲者が200人を超えた西日本豪雨の被災地は、深刻な水不足に見舞われている。やがて夏の盛りを迎えるというのに、断水が続く地域はまだ多い。感染症や食中毒も心配になる。
 ▼復旧を急ぐ被災地にはボランティアが駆けつけているものの、折からの暑さにやられ、熱中症で運ばれた人もいると聞く。せっかくの水見舞いが現地の荷厄介になってはもったいない。天候などの状況、自身の体調を十分に見極め、無理なく支援したいものである。
 ▼16日までの3連休は猛暑が続くという。被災地で活動する方々は手元に飲み水を、心には「潤い」の2文字を忘れないようお願いしておく。遠隔地に住む人なら、ふるさと納税や義援金という形の水見舞いもあろう。被災地にとっては干天の慈雨となるに違いない。
 ▼災害報道で目にする「安否」も、できれば使いたくない言葉の一つである。連絡のつかない家族や友人の帰りを待つ人たちの思いは、「無事か否か」ではあるまい。広島県などには今も多くの行方不明者がいる。「無事を信じる」の一念を送ることで小欄の水見舞いとしたい。