トランプ氏の同盟政策を憂う 防衛大学校教授・神谷万丈

正論
神谷万丈・防衛大教授

 トランプ米大統領の同盟政策が気がかりだ。現在のアジアにおいて、米国を中心とする同盟の重要性は、減少しているのではなく増大している。だが、トランプ氏にはその認識が乏しい。先の米朝首脳会談の前後の大統領の言動をみて、懸念がいっそう深まった。

 国際構造の大変動が始まる

 たとえば、会談直後の記者会見で、彼は会談が大成功だったと宣伝した。その評価については大いに疑問があるが、仮に彼の主張を受け入れるとしよう。そのとき米国は、アジアでの同盟に対していかなる態度をとるべきなのだろうか。トランプ氏は、米朝間の緊張が和らいだのだから同盟を緩めてもよいと思っているらしい。

 だが、国際政治学の常識は正反対だ。米国はむしろ同盟の強化を図るべきなのだ。なぜなら、会談の成功は、北東アジアに朝鮮戦争休戦以来、65年ぶりの国際システムの大変動をもたらすからだ。

 この65年間、北東アジアの平和と安定は、朝鮮半島の南半分に大規模な米国の軍事力が国連軍という機能も果たしつつ存在し、在日米軍および日米同盟と密接に連携しているということを前提にして維持されてきた。米朝会談が本当に成功ならば、北の核と弾道ミサイルは遠からず除去され、朝鮮戦争の終戦協定締結がそれに続くだろう。南北間でも平和のための協定が結ばれよう。それは地域にとって好ましい。

 しかし同時に地域における国際構造の大変動の序曲となることを見逃してはならない。朝鮮国連軍は存在理由を失い在韓米軍にも縮小圧力がかかろう。在日米軍と日米同盟も大きな影響を受けよう。こうした動きは北東アジアにおける力のバランスを変化させる。中国の安全保障政策に変化が生じ、それが日本の安全保障政策にも変容をもたらすかもしれない。

 国際政治学が教えるのは、こうした大変動の時期には、国際システムが不安定化しやすく危険だということだ。それに対処するためにこの地域で求められるのは、米国が中心となり米韓同盟と日米同盟を維持・強化することなのだ。

 懸念されるアジアへの無関心

 だが、トランプ氏がしようとしているのはそれとは逆のことであるようにみえる。彼は記者会見で金正恩朝鮮労働党委員長が、核実験場の破壊やミサイルエンジン実験施設の破棄など、これまで北がしてこなかったことをする姿勢を示したので、米韓合同軍事演習を停止すると突然発表した。私は、北の動きは評価できるが核やミサイルを減らすことに直接つながるものではないので、見返りを与えるのは時期尚早だと考えている。

 それはさておくとしても、演習の停止が米韓同盟を弱めかねないことが大問題だ。米韓軍事演習の最大の目的は北の南への侵略を抑止・防衛するための能力の向上だが、それに加えて朝鮮半島を超えた北東アジア、東アジアの平和と安定の維持のための能力向上も目指されてきた。そうだとすれば、来るべき構造変動の時代に向けて米韓演習の必要性は決して低下しない。しかし、トランプ氏にはそれに気づいている様子がない。

 トランプ氏に、米国はアジアから地理的に遠いので、そこでの問題は米国の問題ではない、という考え方がみられるのも不安要因だ。米朝首脳会談後の記者会見で、北の非核化のコストを誰が負担するのかという質問に対し、彼は躊躇(ちゅうちょ)なく韓国と日本と答えた。その11日前にも、北への経済支援は日中韓が行うべきで米国は費用を払う必要はないと述べている。衝撃的だったのは「朝鮮半島は米国からとても遠い」と述べて主張を正当化しようとしたことだ。

 「プランB」の準備を怠るな

 従来米国は、自らをアジア太平洋の一員と規定してきた。朝鮮半島を含め、東アジアの諸問題は自らの地域の問題として認識されてきたはずだった。だが、トランプ氏の言葉は東アジアは米国から遠い、米国の属さない地域だという認識の表れのように聞こえる。そのような大統領の下で、アジアにおける米国の同盟が、日米同盟も含めてどのように取り扱われることになるのかが心配でならない。

 日本ではこれまで、トランプ氏の日本やアジアに対する姿勢は欧州への姿勢よりははるかにまともだという楽観が存在してきた。確かに「NATO(北大西洋条約機構)はNAFTA(北米自由貿易協定)と同じくらい悪い」とか、「EU(欧州連合)は、米国につけ込んでわれわれの貯金箱を襲うために作られたものだ」とかいった、欧州の同盟諸国に対する発言には常軌を逸したところがある。彼はそのようなことを日本やアジアの同盟国には言っていない。

 しかし、最近のトランプ氏の言動は、欧州は大変だがアジアや日米同盟は大丈夫という考え方があやしくなっていることを示してはいないか。日本も、北東アジアの構造変動に対処できるよう日米同盟の強化を図る一方で、米国の日米同盟に対する政策が激変した場合に備えた「プランB」の外交・安全保障戦略をも準備しておく必要があるのではないか。(防衛大学校教授・神谷万丈 かみや またけ)