7月7日

産経抄

 その朝、早起きして初めての海外出張のため成田空港へと向かい、当時所属していた社会部に「今から出発します」と電話をかけたところ、受話器から怒鳴り声が響いた。「地下鉄で人がばたばた倒れているんだよ。何やっているんだ」。平成7年3月20日の地下鉄サリン事件である。

 ▼戦後50年のこの年、首相は社会党出身の村山富市氏が務めていた。村山氏は、事件を起こしたオウム真理教への破壊活動防止法適用に極めて慎重だった。最終的には適用手続きを取ったが、公安審査委員会は適用を見送る。村山氏の消極姿勢も影響したとみられる。

 ▼1月17日には、6千人を超える死者を出した阪神大震災も発生していた。危機管理という発想自体乏しく、自衛隊活用にも抵抗感があった村山氏の動きはひたすら鈍重で、国会で初動対応の遅れを問われるとこう答えた。「なにぶん初めてのことで…」。

 ▼それでいて、イデオロギーに絡む問題では強引で強権的だった。アジア諸国に、痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ちを表明した「村山談話」は、閣僚にも事前に知らせずに8月15日の閣議でいきなり決定した。「この程度のものを出し切らなければ、総理をやった意味がない」。著書でこう述べている。

 ▼未解決のまま時効を迎えた警察庁長官銃撃事件が起きたのも、この年3月である。オウム真理教の元教祖、麻原彰晃死刑囚ら7人の死刑が6日執行されたことで、当時の浮足立ち、不安感に包まれた世相がありありとよみがえった。

 ▼23年前の一連の出来事と、稚拙な政府対応からくみ取れる教訓とは何か。その後のいくつかの政権についてもそうだが、国民も国会議員も、安易に国のリーダーを選ぶと大変な目に遭うということは言える。