7月6日

産経抄

 万葉の歌人、山上憶良(やまのうえのおくら)に「子等を思ふ歌」という長歌がある。「瓜食(うりは)めば子ども思ほゆ栗(くり)食めばまして偲(しぬ)はゆ」。瓜も栗も子供の好物なのだろう。旅先で口にすると、子供の顔を思い出すというのだ。

 ▼これに続く反歌も有名である。「銀(しろかね)も金(くがね)も玉(たま)も何せむにまされる宝子にしかめやも」。どんな宝物よりも子供が優る、と臆面もなく言い放つ。1300年経(た)った平成の世でも、父親が子供に寄せる真情は変わらない。もっとも、それが犯罪に結びつくなら、話は別である。

 ▼文部科学省の局長だった佐野太容疑者(58)が、受託収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された。官房長を務めていた昨年5月、東京医科大学の関係者から、国の支援事業の対象校にするよう依頼を受けた。その見返りに、今年の入学試験で息子を合格させてもらった、というのだ。

 ▼裏口入学の古典的な手口といえば、受験生の親が多額の資金をひそかに大学側に渡すというものだ。今回は佐野容疑者が身銭を切ったわけではない。支援事業に選ばれた大学が国から受け取る交付金、つまり税金が利用された。前代未聞とあきれるしかない。

 ▼「心の闇」という言葉がある。動機が不明の猟奇犯罪が起こるたび、常套(じょうとう)句のように使われてきた。紫式部の曽祖父にあたる、藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)の歌が出どころだ。「人の親の 心は闇に あらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな」。もともと、親が子を思うあまり、心が乱れて分別がつかなくなる、という意味だ。

 ▼「将来は次官」の呼び声もあったエリートも、「心の闇」から逃れられなかったのか。文科省への信頼はもはや地に落ちた。入試の公平性も損なわれた。何より、あこがれの医師をめざして勉強してきた息子の心情を思うとつらい。