【日曜に書く】「後輩のためにも引退したらどうですか」 経営者たちが迎える「定年後」 論説委員・井伊重之 - 産経ニュース

【日曜に書く】「後輩のためにも引退したらどうですか」 経営者たちが迎える「定年後」 論説委員・井伊重之

 ある大手上場企業の幹部から冗談めかして頼まれたことがある。「うちのトップに『後輩たちのためにも、いいかげん引退したらどうですか』と言ってくださいよ」
 そのトップとは社長、会長を歴任した後、相談役に退いた。しかし、社内で隠然たる権力を持ち続け、とくに社長の選任には絶大な影響力があったという。幹部たちは煙たがっていたが、だれも引退を促すことができなかった。
上場企業8割に相談役
 別の大手企業では、経営に口出しする社長OBを何とか排除するため、幹部たちがその人に就いてもらう財界団体の役職探しに奔走している。
 「人生100年時代」を迎え、サラリーマンの定年後の過ごし方が関心を集めているが、経営者たちの退任後のあり方も見直すべきだろう。
 大手企業の多くは社長経験者を相談役、常務以上の役員経験者を顧問などとして取締役を退任した後も処遇している。経済産業省によると、日本の上場企業で相談役や顧問などの役職を設けているのは全体の8割にものぼるという。
 ある大手銀行には相談役が集まる「相談役会」と呼ばれる組織があり、定期的に頭取が経営の状況を説明している。取締役会のメンバーではない人たちの集まりであり、そこで頭取らに出された指示などは社外からはもちろん、時には社内でもうかがい知ることができない。
 こうした相談役や顧問などの役職は会社法に規定はなく、社内の内規で個別に定められている。企業は業界団体や取引先との関係緊密化に一定の役割があるとするが、人数や報酬は不透明だ。このため、海外の投資家などはその存在が外部から分かりにくく、「見えない意思決定」と批判してきた。
 そんな日本株式会社が変わろうとしている。東京証券取引所はコーポレートガバナンス(企業統治)改革の一環として、相談役や顧問らの選任状況や勤務状況などを詳細に情報開示するように求めたからだ。
 これを契機にして相談役や顧問を見直す動きが相次ぎ、資生堂やパナソニック、富士通、伊藤忠などは社長経験者が就いていた相談役の廃止を決めた。トヨタ自動車では約60人いた名誉会長や相談役、顧問を9人に削減した。退任の対象には社長を務めた奥田碩相談役や渡辺捷昭顧問らも含まれる。
「見えない意思決定」
 東証が経営者OBの位置づけを明確にするように求めたのは、経営不振に陥った東芝の問題が影響している。不正会計や原発事業の巨額赤字で揺れた同社では、社長OBが引責辞任した社長の後継者を決めるなど経営に介入し、混乱に拍車をかけた反省があるからだ。
 同社は委員会設置会社として有名な経営者らを社外取締役としてそろえたが、企業統治は機能していなかった。このため、東証では上場企業に相談役や顧問の人数や報酬の有無などの情報を開示させ、経営の透明性を高める狙いがある。
 しかし、問題の本質は、外部から見えにくい役職ではない。経営者の選考過程が不透明なことにある。委員会設置会社では、社外取締役が過半数を占める指名・報酬委員会が社長候補を選ぶ仕組みとなっているが、東芝ではそこで社長OBの介入を許すなど、選考過程があいまいだった。
OBは外部に活躍の場を
 自らを役員として引き上げてくれた先輩に対し、後輩たちはどうしても遠慮しがちだ。そこで社外取締役は「外部の目」となって経営を監視する役割を担う。ただ、トップが社外取締役の意見を聞き入れず、相談役たちの言うがままに動けば、社外取締役は責務を果たせない。
 そして退任した経営者たちは、もっと社外に目を向けるべきだ。経営者としての豊富な経験を生かし、別の企業の社外取締役として活躍する余地は大きいはずだ。米国ではベンチャー企業に著名な経営者OBが参加することも多い。
 東証は上場企業に、経営から独立した社外取締役を2人以上選任するようにガバナンスコードを定めていた。これが改定され、今度は取締役全体の3分の1以上に増やすように求めている。ここでも社外取締役の人材不足が深刻化しつつある。
 経営者OBが社外取締役に名を連ねる取締役会には多様性が生まれ、企業価値の向上にもつながる。そうした開かれた風土づくりが日本株式会社に問われている。(いい しげゆき)