【正論】米朝会談後の国際底流に警戒を 東洋学園大学教授・櫻田淳 - 産経ニュース

【正論】米朝会談後の国際底流に警戒を 東洋学園大学教授・櫻田淳

東洋学園大学教授・櫻田淳氏 
 米朝首脳会談から3週間近くがたった。筆者は、ドナルド・J・トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が署名した共同声明文書に象徴されるような極東国際政治情勢の「表流」よりも、その「底流」にこそ関心を抱く。次に挙げる2つを指摘しておく。
 ≪日本は最前線国家として備えよ≫
 第1に、現下の米朝関係の展開は、米韓同盟の「空洞化」を確実に進めている。米朝首脳会談直後、トランプ氏が「多額の資金の節約」を理由にして米韓軍事演習の中止を表明し、それを実際に決行していることは、彼が米韓同盟に寄せる関心の低さを示唆している。米韓同盟の「空洞化」が早晩、「消滅」に行き着いたとしても、何ら不思議ではない。
 戦後七十余年、日本が享受した平和と繁栄の条件は、憲法第9条と日米安保体制に並んで米韓同盟の枠組みである。その消滅は、日本の安全保障環境の重大な変化を招き寄せる。
 そもそも、過去千数百年の歳月の中で、日本の安全保障上の最前線が朝鮮海峡に置かれていなかった時期は、例外の一瞬でしかない。米韓同盟の消滅は、その「例外の一瞬」に終わりを告げ、日本の人々をして、「朝鮮戦争が起きていなかったならば向き合わなければならなかった現実」に向き合わせることになるであろう。
 日本に降りかかるのは、安全保障コストの飛躍的な増大である。従来、米韓同盟が日本に供してきたものは、「海洋国家という事情を考慮に入れてもなお、例外的にコストの安い安全保障環境」であるからである。故に、「例外的にコストの安い安全保障」の所産として憲法第9条を掲げ、安全保障費用対国内総生産(GDP)比1%水準を維持し続けることの政策妥当性も、怪しくなる。
 ただし、それだからといって、米韓同盟の「維持」を米韓両国に懇願するような対応は、日本としてとるべきものではない。
 ロイター通信(6月5日)は、米韓同盟消滅の可能性を念頭に置きつつ、「日本はフロントライン・ステート(最前線国家)になる恐れがある」と伝えているが、それは、日本にとって、もはや「恐れるべき」事態ではなく「備えておくべき」事態でしかないのであろう。
 ≪米国の「変容」は修正されるか≫
 第2に、米韓同盟の行方にも反映されるトランプ執政下の米国の「変容」もまた、注視すべき国際政治の「底流」の一つである。トランプ氏における「『敵』をちやほやし、『味方』を雑に扱う」政治姿勢は、彼にあって特徴的なものの一つであるといえる。
 こうしたトランプ氏の直近の対外政策展開は、短期的には今秋の中間選挙、中長期的には2年後の大統領選挙における再選を念頭に置いたものだという説明がある。それが正しいものであるとして、もし中間選挙の結果がトランプ氏にとって期待外れに終わった場合、彼の対外政策展開の行方は、どのようなものになるのか。
 トランプ氏の政治姿勢は、米国の「国柄」に照らし合わせれば、明らかに異形な「権威主義」の様相を帯びているけれども、それは、果たして修正されるのか、それともますます意固地なものになるのか。
 そもそも、トランプ氏の疑似「権威主義」政治姿勢は、米国という国家それ自体の「後戻りしない変質」を反映しているのか。それとも建国後、約250年も経れば折に触れて起こり得る「一時の変調」を表しているにすぎないのか。
 振り返れば、中世期に権勢を誇ったヴェネツィア共和国の歴史には、マリーノ・ファリエロという元首が登場した。彼は、共和国元首であったにもかかわらず、共和国の「国柄」に反し世襲君主を目指した末に失敗し、処刑された故に、その存在が「なかったこと」にされた元首である。
 後世、トランプ氏は、このマリーノ・ファリエロのごとき存在として語られることにならないのであろうか。こうした見極めこそが、日本にとっては大事なものになるであろう。
 ≪「駝鳥の平和」を象徴する風景≫
 目下、ロシア各地で開催されているサッカー・ワールドカップが世の耳目を集めている。その最中に伝わってきたのは、韓国の文在寅大統領が国際サッカー連盟(FIFA)のジョヴァンニ・V・インファンティノ会長と会談し、12年後の2030年大会を南北朝鮮と日中両国の「北東アジア4カ国共催」とする構想を打ち上げたという報であった。
 文在寅氏の構想には、平昌五輪以降、現在に至る朝鮮半島の「平和ムード」が反映されていよう。しかしながら、文在寅氏が現下の朝鮮半島を覆う一種の「多幸感」や「高揚感」に漬かりながら、地に足の着かない構想を打ち上げていること自体が、現下の「平和ムード」が帯びる軽薄さを象徴している。それは後世、米韓同盟が消滅する際に出現した「駝鳥(だちょう)の平和」の風景として、語られるかもしれない。(さくらだ じゅん)