年の功の生かし方 女子マラソン指導者、藤田信之さん

正木利和のスポーツ茶論

 《東亜マラソンに出る韓国の選手のアドバイザーをしている関係で、今ソウルに。その選手が21年ぶりに韓国記録を更新しました》

 しばらく前、文と文の間に絵文字がはさまった、こんなメールをもらった。送り主は文面からは想像もできない、いかついパンチパーマの人。アテネ五輪女子マラソン金メダリストの野口みずき選手を指導した藤田信之さん(77)だ。

 喜寿になっても陸上競技への熱はさめていないのか…。熱血指導でワコール陸上部を全日本実業団女子駅伝4連覇に導いたころ(1989~92年)の「監督」の精悍(せいかん)な顔が浮かんだ。

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 京都で会った藤田さんは、強面(こわもて)も人なつっこい笑顔も、昔のままだった。韓国の女子マラソン記録を塗り替えたのは韓国水資源公社(K-ウオーター)に所属する金度連選手(25)で、2時間25分41秒はそれまでの自国記録を31秒も短縮する快挙だそうだ。

 5年ほど前に日本でレースを走った際、藤田さんの目に留まった選手だった。「ちゃんと指導したら強くなるだろう」と思ったが、当時の所属ではまるで記録が伸びなかったらしい。

 「5000メートルを15分50秒で走らせるためには、日本では400メートル76秒の練習をしますが、韓国では目標ペースより速いペース、72とか73で行く。男子選手に引っ張らせたりして無理に走らせるスパルタに近い練習だから、本人もいやになってしまうんです」

 結局、金選手は昨年、前のチームを離れ、日本に留学経験もあるK-ウオーターの金英根監督の下に身を寄せることになった。金氏は大学で日本流の練習法を学んでおり、藤田さんとも旧知の間柄だったため、金選手を含めた4人の所属選手の練習メニューを昨秋から藤田さんに任せるようになったのだそうだ。

 「これ見て」とおもむろに藤田さんがクラッチバッグから取り出したのは、毎日の練習内容を記した手帳とスマホのライン画面だった。そこには練習メニューを含めた金監督とのこまかなやりとりが残っていた。

 しかし、隔靴掻痒(かっかそうよう)の感を抱くこともたびたびだという。「東亜マラソンのあとジョギングだけはやらせるように、と連絡を入れたのに、ほったらかし。次の10キロレースの練習も、できてへんねんて」

 やはり、まだまだ熱い。

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 かつて男子マラソンの五輪で金メダルも獲得した韓国の陸上界だが、このところの低迷に、大韓陸連も男子マラソンの強化を外国人コーチに任せることを明らかにしている。

 400メートルからマラソンまでの種目で、指導した選手に計23回も日本記録を塗り替えさせた伝説的指導者に、もし韓国から女子強化のオファーがあったらどうするのだろう。「日本で何かしようといったって、もう請われることもない。受けますよ、もちろん。スポーツに国境はないですし…」

 日本の女子マラソンが世界をリードした時代、ランナーの栄光の裏には、個性豊かな指導者がいた。2人の五輪メダリストを育てた小出義雄さん、女子初の世界王者をつくった鈴木従道さん…。藤田さんもそのひとりだ。

 彼らに比べ、いまの指導者は小粒になった、というと、あなたも古い、と笑われそうだが近年、振るわぬレースを見ると、いつも思うのである。名監督たちが積み上げてきた経験をいま一度、選手育成の現場に生かす術(すべ)はないものか、と。