【日曜に書く】河野太郎外相が「勝負色」の赤ネクタイに秘めた思い 論説委員・清湖口敏 - 産経ニュース

【日曜に書く】河野太郎外相が「勝負色」の赤ネクタイに秘めた思い 論説委員・清湖口敏

北京の中南海で中国の李克強首相(右)と握手する河野太郎外相=1月28日(共同)
 処分してもう10年以上になるだろうか、わずかに樺(かば)色がかった赤の無地のネクタイをかつて持っていた。何となく気恥ずかしく思われて2、3回くらいしか締めた記憶がない。自分で赤を買う勇気はなかったはずだから、いつぞやの父の日にでも家族からもらったものだろう。
日中外相会談で
 このネクタイのことを思い出したのは、随分前の話ながら、河野太郎外相が中国を訪問した1月末のことである。王毅外相との会談に臨んだ河野氏は中国国旗と同色の赤のネクタイを着けていた。本紙特派員は《中国にこびへつらうためではないだろうが》と前置きし、記事を次のように続けた。《これを見た王氏は椅子に肘をかけたまま、こう述べた。「きょう、お着けになっている赤いネクタイは、気持ちや願いを表しているのではないかと思います」》
 まるで日本が中国にすり寄ってきたと言わんばかりである。とにかく赤と見れば何でも自国が信奉する共産主義のシンボルカラーだと決めつけるようなお国柄だから、中国の政治家の尊大な物言いには慣れているつもりだが、それでもこの発言には腹立ちを抑え切れなかった。
 むろん河野氏に赤のネクタイを選んだ理由を確かめたわけではない。だが、あの赤には、王毅氏が推量したであろう「気持ち」とは全く逆の思いが秘められていたものと信じたい。すなわち、河野氏は赤のネクタイで戦う気持ちを鼓舞したのではなかったか。視線を落とせば胸元のVゾーンを飾る赤が目に入り、自己主張への闘志が燃え立つ。色彩心理学からも十分に考えられることである。
武将も好んだ勝負色
 赤を身に着けるとテストステロンとかいう男性ホルモンの一種が分泌され、攻撃性を高めるとの説がある。「おばあちゃんの原宿」として知られる東京・巣鴨では、「赤色を見ると血行が良くなる」として赤のパンツが女性に人気なのだとか。
 古来、日本には太陽信仰があり、太陽の炎に通じる赤色を神聖視してきた歴史がある。血の色と関係があるともいわれており、神社の鳥居が赤いのも、慶事に赤飯でお祝いをするのも、赤に魔よけの力があると信じられてきたからだろう。
 武将も赤を好んだ。赤は戦場で目立つうえ、強さの象徴でもあった。甲斐の武田軍をはじめ真田幸村、井伊直政の軍団も武具、装飾を赤を基調とする色で統一した。世に名高い「赤備え」の編成で、彼ら軍団がめっぽう強かったことから赤には最強、精鋭のイメージが一層強まっていく。今でも赤は勝負事に好んで使われている。
 先の巣鴨では選挙関係者が赤のトランクスを買っていくという。実際に穿(は)いているのかはさすがに確かめようがないが、赤のネクタイを締めて街頭に立ち、自らの行動力と情熱をアピールする候補者は少なくない。
 2012年ロンドン五輪のマラソン代表に選ばれた藤原新選手は、純白のシャツに深紅のネクタイ姿で会見に現れ、「日の丸のパワーを信じている」と語った。日章旗同様の白と赤の力強い対比は、太陽の炎のごとき神聖な力をも感じさせる。
自己主張の武器
 「日の丸が、古くから軍扇や船印として用ゐられてゐたとはいへ、明治初年以降、国旗に近いものとして定着したのは、英米仏蘭の旗と明確に対立する意匠であることが強く作用したらう。第一に、四国の国旗にない円形を大きくあつかひ、第二に、四国の旗と違つて青を排し赤一色であることが自己主張に向いてゐた」(丸谷才一著『いろんな色のインクで』)
 河野氏は、中国原潜が尖閣沖の接続水域を潜航した事件で王毅氏に抗議した。が、中国側の具体的説明はなかったという。融和に注力するあまり、河野氏は自らの“赤備え”を生かしきれなかったのかもしれない。
 女性に比べ服飾で自己表現することの難しい男性にとって、ネクタイは例外的に自己主張の強い武器となり得る。ただし武器の用い方を誤ると、例えばピンクのネクタイで謝罪の場に赴いた某前監督のように、違和感だけが浮き立ってしまう。先週の本欄でも鹿間孝一論説委員が「(謝罪にピンクは)ふさわしくない」と断じていた。
 ネクタイは、昨今はともかく、かつては父の日のギフトの定番だった。恐らくその頃にもらった赤のネクタイを、私は一度も勝負色として生かすことなく捨ててしまったのである。今ではそのことが悔やまれてならない。(せこぐち さとし)