【産経抄】6月17日 - 産経ニュース

【産経抄】6月17日

 指揮者の佐渡裕さんが世に出る契機となったのは、音の間違い探しだった。平成元年のことである。国際コンクールでの出題に「譜面と演奏の違いを見抜け」とあった。課題曲のタクトを振るうち残り2小節で何かが引っかかったという。「その瞬間は、えっ? と思っただけ」。
 ▼佐渡青年はしかし、管楽器の再演奏を命じ、オーボエとクラリネットの入れ替わりを当てて優勝した(『絶対音感』最相葉月著)。音符や記号であふれた五線紙の上で、終止線へとオーケストラを導く。音色やテンポの交通整理は鍛え抜かれた耳のなせる業だろう。
 ▼時速300キロに達しようかという列車を任され、終点まで乗客の無事を預かる。運行速度は、通過時刻は、次のカーブは、トンネルは-。多くの条件や情報を整理し安全運行につなげる点で、新幹線の運転士に求められる資質は、指揮者のそれと似ていなくもない。
 ▼博多-小倉間で14日午後に人をはねた「のぞみ」号の運転士も、異常音には気付いていたという。「小動物に当たった」と判断し、指令所への報告義務を怠ったまま運行を続けた。すれ違った列車からの連絡で、先頭車両の破損が分かったという。危険極まりない。
 ▼台車に深刻な亀裂を抱えて運行を続けた昨年12月の問題に続き、JR西日本の落ち度は大きい。大惨事は免れたが、運転士の「小動物」との思い込みも、先頭車両の血のりやひびを過小に見た小倉駅員の判断も誤りが目に余る。「えっ?」から先の感度が鈍すぎる。
 ▼戦時中は爆撃機の接近を知るため、絶対音感の教育を求める声もあった。JR西にそこまでやれとは言わない。小さな異変に強い危機感で臨む社員教育は初歩だろう。安全管理に絶対はない。いろはの「い」である。