【国語逍遥(98)】昼の社内で あなたなら、どんな挨拶を? 清湖口敏 - 産経ニュース

【国語逍遥(98)】昼の社内で あなたなら、どんな挨拶を? 清湖口敏

昼下がりの社内トイレ。隣に上司が来たら、あなたはどんな挨拶をする?
 太洋自動車の7階男子トイレで小用を足していた根本の隣に田辺専務が来た。「おはようございます」。入社6年目の根本が反射的に挨拶し、すぐさま「しまった!」と思った。既に午後1時半を過ぎている。案の定、直属の上司である女性課長を通じて専務の怒りが伝えられた。「君たちは芸能界の人間か。昼におはようとは何事か」-。
 早速、根本の先輩が反発した。「『おはようございます』がダメなら何といえばいいんです」「『こんにちは』って頭を下げるんですか」。後輩も続く。「課長は女性だからわからないんです。トイレで役員と二人きりになったときの、あのプレッシャーを」…。
 吉村達也の短編推理小説『専務、おはようございます』は、このあと思いも寄らない恐怖の展開を見せるのだが、それは小説を読んでのお楽しみとしよう。
 小説が描くように確かに社内では、上司に対する朝の挨拶は「おはようございます」で決まりなのに、昼に「こんにちは」とは言いにくい。なぜだろうか。
 「こんにちは」は、そのあとの「よいお天気で…」などが省略されたまま定着した挨拶語だから、「おはよう」のように「ございます」と続けることができない。つまり「こんにちは」は目上への敬意表現をもたないことになり、相手との関係で言葉を使い分ける待遇表現をことさら重んじる日本人が、上司に「こんにちは」とは言いにくいと感じてしまうのも無理からぬことではある。「こんにちは」には何となく気安い、ときにはなれなれしい語感さえもあると思う人は決して少なくないだろう。
 「こんにちは」はもともと「遊里に行なわれた挨拶語」(前田勇編『近世上方語辞典』)だったともいうから、「公」の場では使われてこなかった歴史があるのかもしれない。
 そんな「こんにちは」に代わる挨拶語として一般の会社では「お疲れさま」がよく使われているようである。実は私も昼間の社内では「お疲れさま」を多用する。これなら「~です」「~でございます」などとバリエーションも豊富だ。むろん、この言い方を嫌がる人もいることは重々承知している。
 辣腕(らつわん)の聞こえが高い某企業経営者もそんな一人なのだろう、5月7日の日経新聞夕刊に「おつかれさま撲滅運動」と題するコラムを載せていた。経営手腕そのままに、筆勢もさすがと思わせるものがあった。
 《「おつかれさま」。これが日本の朝の挨拶なのか! 朝から疲れていたら仕事にならない。朝の挨拶は「おはようございます」、午後に会ったら「こんにちは」だ》。筆者は、低迷していた会社を変革する手始めとして、「おつかれさま」を使うな!との指示を発したのだという。
 その会社では社長や部長などの役職名で呼ぶことも禁じたというから徹底したもので、「お疲れさま撲滅」もそんな社風育成の一環だと思えば、それを傍(はた)からとやかく言う筋合いは全くない。ただ、サラリーマン社会で広く「お疲れさま」が使われていることが私にはそれほど悪いことだとも思えないのである。
 「こんにちは」があとに続く言葉の省略によってほとんど意味をもたない挨拶語になっているのと同様に、「お疲れさま」も、実際にねぎらいの場面で使われることはあるにせよ、大抵は原義を意識したり相手の疲労度を斟酌(しんしゃく)したりすることなく使われているのが実情ではなかろうか。
 「ほんのつまらないものですが」「つまらないものなら要らない!」-贈答の挨拶をネタにした漫才のギャグだが、社を退出するとき「お先に失礼します」と挨拶して、「失礼と思うくらいなら帰るな!」と返す人がいるとは思えない。
 古い話で恐縮だが、かつて毎日新聞(大阪発行)に次のような話が載った。
 阪神高速道路の料金所で収受員が常々、ドライバーに「まいど」「おおきに」と声を掛けていたところ、初めて利用するのに「まいど」とは何事か、「おおきに」なんて意味不明だ-との苦情が寄せられた。
 同道路公団は「一人でも不快に感じる人がいれば無難な表現にかえる」として平成10年10月、「挨拶は標準語で」との指示を出した。いちゃもんをつける方もつける方なら、言いなりになる公団も公団である。この“まいど・おおきに追放令”には強い反発が起き、翌年1月、指示は白紙撤回されたのだった。
 人間関係の潤滑油ともいわれる挨拶では、言葉の意味そのものより表情や声の調子、態度を含めた全人的なコミュニケーションが大切である。肉親を失って悲しみにくれる遺族には、深々と頭を下げつつ「この度はどうも」と言うだけで百万言を費やすよりも大きな慰めになることがある。
 社内での「お疲れさま」の慣行を悪弊と捉えるかどうかは個々人の国語観に任せるしかないが、「無言社会」とも評される今のご時世で、残念ながら挨拶も会釈も交わさない人があまりにも多いことを考えれば、どの挨拶語というより、とにかく気持ちよく挨拶を交わすことが何よりだという気がしないでもない。
 ということで私はこれからも、昼の産経社内のトイレでは(もちろん廊下でもどこでも)「お疲れさま」を使ってまいります。