6月10日

産経抄

 どんな経験にも必ず「初めて」がある。サッカー日本代表にとっては、1998年のワールドカップ(W杯)フランス大会がそうだった。当時の日本代表監督、岡田武史さん(61)は自身の采配を評して「愚者のリーダーシップ」と振り返っている。

 ▼W杯への道のりも本番も手探り続きで「どう戦うか心得のひとつも教えてほしかっただろうが、オレも初めてなんだから…」。選手やスタッフの20年後を描いた新刊『日本代表を、生きる。』(文芸春秋)で著者、増島みどりさんのインタビューにそう答えていた。

 ▼「外れるのはカズ」という代表発表の衝撃も思い出す。事前合宿地のスイスで人気者の三浦知良選手らを代表から外し、自宅に脅迫状が送られた。ファンも経験値を積み重ねた今とは隔世の感があるものの、過激な行為へと走らせるほど初出場に国中が沸いていた。

 ▼6度目のW杯となる代表は、平均年齢が高く、1次リーグ突破の確率も低く見積もられている。それゆえ、出場3度目の長友佑都選手(31)が「年齢で物事を判断する人はサッカーを知らない」とツイッターに投稿し炎上したとの報には、意外な光を見た思いもする。

 ▼手加減のない批判は、サッカーが国民感情を揺さぶってやまないスポーツへと育った証しなのだろう。五輪は開催国の社会基盤を映し、W杯代表は国民性を映す。「日本代表を否定するのは、自分たちの可能性を否定するのと同じことに思える」と増島さんは言う。

 ▼肌の色も言葉の違いも貧富の差も問われない。小さな球体に選手は国の誇りを懸けて戦う。その舞台に立てるのは32カ国しかない。代表に賛辞も批判も送れる権利を日本人は今年も手に入れた。その幸運をかみしめて遠いロシアの地に声援を送る。