【産経抄】6月8日 - 産経ニュース

【産経抄】6月8日

 「くちげんかは おとうさんが つよくて ぼうりょくげんかは おかあさんが かちます」。神戸市の小学校で長く教師を務めた鹿島和夫さんは、新1年生が入学するたびにノートを渡した。毎日、詩を書いてもらうためである。
 ▼お母さんといっしょにお風呂に入る。寂しいとき手をつないで寝てくれる。子供たちの詩に登場するのは、まるで友達のような愉快なお父さんばかりである(『お父さんはともだちです』)。
 ▼東京都目黒区のアパートで今年3月に虐待死した船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=も、覚えたてのひらがなで大学ノートに詩のような文章をつづっていた。「もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから」。
 ▼そこから浮かび上がる父親のイメージは、暴力と恐怖で支配する残酷な独裁者である。実際、父親の雄大容疑者(33)は実子ではない結愛ちゃんに、朝4時に起きてひらがなの書き取りの練習をするよう命令していた。顔を拳で殴り、真冬のベランダに放置するなど虐待を繰り返していた。食事も満足に与えられず衰弱していく結愛ちゃんを、母親の優里(ゆり)容疑者(25)も放置していた。
 ▼父親に首を絞められた9歳の男児が、苦しい息の下で必死に呼びかける。「僕、父ちゃん、世界中で一番好きだ」。この一言で父親の殺意がにぶり、男児の命は助かった。そんな心中未遂事件を紹介したことがある。
 ▼「もうおねがい ゆるして ゆるして」。結愛ちゃんがノートに残した両親への謝罪の言葉から、悲痛な叫び声が聞こえてくる。「お願い、殺さないで」。すでに父親と母親であることをやめた雄大容疑者と優里容疑者の心には、響かなかったのか。