【日曜に書く】傾聴に値するマハティール氏の〝日本への提言〟 未来を問うことこそ重要 論説委員・河村直哉 - 産経ニュース

【日曜に書く】傾聴に値するマハティール氏の〝日本への提言〟 未来を問うことこそ重要 論説委員・河村直哉

マハティール氏(共同)
 92歳でマレーシア首相に返り咲いたマハティール氏について、日本にいろんな提言をした人、として記憶している日本人も少なくないのではないか。
謝罪外交をたしなめる
 特に日本の謝罪外交をたしなめた発言は、印象的だった。
 平成6年、自社さ連立政権が誕生し、村山富市元首相と土井たか子元衆院議長の社会党出身コンビが相次いでアジアを訪れた。連呼したのは、日本の戦争への反省やおわびだった。
 「戦争にかかわる問題は胸の痛む問題であり、反省とおわびの気持ちを持っている」とフィリピンで村山元首相。土井元議長は、「二度と過ちを繰り返さない」「歴史への反省」などと各地で述べた。
 マハティール首相は村山元首相にこう話した。
 「50年前に起きたことを日本が謝り続けることは理解できない。過去は教訓とすべきだが、現在からさらに将来に向かって歩むべきだ。アジアの平和と安全のために、すべての役割を担ってほしい」
 村山元首相は一言も発することがなかったという。
 また土井元議長に対して。
 「過去ばかり見るのはどうか。未来に向けて何ができるかの方がより大切。過去への反省のため、軍隊の派遣もできないというのは残念だ」
 国連平和維持活動への積極的な関与を促している。当時の産経新聞から引いた。
 国内にいてこうした記事を読んだにすぎないが、とても新鮮に思った記憶がある。
将来を語る
 無論、マハティール首相の言葉をもって日本の免罪符とすることは適切ではあるまい。しかし日本の戦争のすべてが悪だったなどという歴史観は、日本が「世界征服の挙」に出たとするポツダム宣言の認識と同程度に間違っている。
 あの戦争について日本人が異国の状況を知り、追悼し、教訓をくむことがあっても、卑屈になってはいけない。諸外国とよりよい未来を築いていくことこそ重要だろう。
 マハティール首相の提言にも馬耳東風だったのか、村山元首相は平成7年、戦後50年の村山談話を出し、反省とおわびを表明した。
 謝罪外交や、ひたすらなる平身低頭の姿勢は、日本の国論を分裂させ士気を弱めようとする国内外の勢力を増長させただろう。自国に対する日本人の敬意を損ねもした。こうした構図のもとで、現在も歴史戦が行われている。
 平成11年、取材でマレーシアを訪ねる機会があった。情報技術を生かした都市建設に取り組んでいた。伸び盛りの国という印象を持った。当時のリーダーもマハティール首相である。
 経済誌の記者と屋台に行った。とても甘いミルクティーの味と、過去ではなく国の将来について明るく話す彼の笑顔が、記憶に残る。
苦言も呈する
 マハティール首相は1980年代から、戦後日本の復興と成長に学ぶ「ルック・イースト」政策を進めた。
 しかしただ日本にならえばよいといっているわけではない。ことにバブルが崩壊して経済的に迷走する日本には、さまざまな苦言も呈している。
 日本的な経営スタイルや終身雇用制を変えたことに関して。
 「今や日本人が自信を喪失している。欧米諸国に受け入れられようと、日本人は日本的なもののほとんどすべてを拒否しようとしている。その過程で自らを弱め、多くの場合、失敗をした」(『アジアから日本への伝言』、平成12年)
 最近相次いだ製造業の不祥事などを思うと、次のような言葉も耳に痛い。
 「日本の高い工業水準、またそれを可能にした、驚くべき適応力と、さまざまな分野における専門性の吸収力は、高い勤勉性と規律によって支えられてきた。…昨今の日本の社会では、このような日本の美徳が薄れてきているのではなかろうか」(『日本人よ。成功の原点に戻れ』、同16年)
 後者の本では、日本はもうマレーシアのモデルではないといっている。
 マハティール首相を哲人宰相などとする表現を見かけたことがあるが、そこまで持ち上げる必要はあるまい。政敵を追及する姿勢など、相当にしたたかである。老練な政治家というべきなのだろう。
 ただ日本についての提言は、傾聴に値するのではないか。(かわむら なおや)