【産経抄】5月21日 - 産経ニュース

【産経抄】5月21日

 美人画で知られた日本画家、伊東深水(しんすい)は、一人娘を溺愛した。幼い頃は文字通り、箸より重いものは持たせなかった。アルマーニの制服騒動で話題になった東京・銀座の泰明小学校には、人力車で通わせていた。
 ▼「お嬢さんの手を放して、ちょっとよそでご飯を食べさせるのもいいんじゃありませんか」。知人の小林一三が、声をかけたのがきっかけとなる。涙が止まらない父を残して、14歳の娘は旅立った。
 ▼宝塚歌劇団に入ると、既に朝丘雪路の名前まで決まっていた。名付け親はもちろん、創設者である小林である。朝丘さんがよく口にする、宝塚音楽学校への「裏口入学」の真相である。
 ▼朝丘さんにとっても、「地球のような存在」だった父は、昭和47年5月に世を去った。その数カ月前には、医師だった前夫と離婚している。原因は、舞台で共演していた俳優の津川雅彦さんとの不倫を書き立てた、芸能週刊誌の記事だった。もっとも朝丘さんによれば、まったくのでたらめ。2人の間にはなんの関係もなかった。
 ▼度重なる悲しみにうちひしがれていた朝丘さんは、4歳年下の津川さんから、今度は本当に求婚される。あれよあれよという間に、押し切られて再婚に至った。以来45年間にわたる結婚生活も、波瀾(はらん)万丈である。一人娘の誘拐事件、津川さんの事業の失敗、別居…。3年半ほど前から、再び一緒に暮らすようになり、津川さんの介護を受けていた。
 ▼おおらかなキャラクターでも多くのファンを魅了した昭和の大スターが、先月末、82歳で亡くなっていた。「父親に甘やかされて、生まれたまんまで大人になってしまった」。津川さんの朝丘さん評だが、こう付け加えるのも忘れなかった。「それがいいところでもあるけどね」