【日曜に書く】「バイオ未来キッズ」の元気 論説委員・長辻象平 - 産経ニュース

【日曜に書く】「バイオ未来キッズ」の元気 論説委員・長辻象平

 元気が湧いてくる活動を知った。東京都中央区に事務局を置くNPO法人「バイオ未来キッズ」の取り組みである。
 企業や大学のバイオテクノロジーの世界で活躍してきた専門家が集まり、将来の日本を担う子供たちのために、と理科教育の改革に着手している。
 子供たちに、自分の頭で考えることの大切さを理解させる出前授業では、ヨーグルト作りの実験で微生物の働きを教えるなどの活動を展開中だ。
感動のカード式顕微鏡
 同法人理事長の西山徹さんは味の素中央研究所長や同社副社長などを歴任した研究者。平成22年の退社後に、バイオ未来キッズを設立した。
 現在、正会員は28人。中央研究所の先輩や後輩を中心に、大学の名誉教授らを交えた顔ぶれだ。平均年齢は70代前半で、豊富な知識と経験が光る。
 小学校への出前授業は5、6年生が対象だ。ヨーグルトを教材にしたのは、小学生が好む食品だからだそうだ。
 牛乳に乳酸菌を加え、43度で保温してヨーグルトを作り、乳酸菌の姿を800倍の位相差顕微鏡で児童に見せる。
 面白いのは、この後だ。児童各人に古典的な顕微鏡を手作りさせるのだ。
 人類が微生物の存在を知ったのは1670年代。オランダのレーウェンフックが単レンズの顕微鏡(倍率270倍)を作製したことで単細胞生物や細菌の存在が明らかになったのだ。
 金属板とネジで構成された当時の顕微鏡は複雑な形だが、東京工業大学名誉教授の永井和夫さんが工夫を重ね、シンプルな形で再現してのけた。
 小さな穴を開けた2枚のテレホンカードの間に直径2ミリのビーズ球を挟み、粘着テープで貼り合わせるだけでよい。
 このカード式顕微鏡の倍率はオリジナルと同等なので、糸や髪の毛の細部が見える。レーウェンフックが味わった感動と驚きの追体験だ。
生命科学の入門書出版
 バイオ未来キッズの活動の特徴は、目には見えない微生物の世界を、科学教育の導入部にしている点にある。
 3月末に出版した『生物学はいかに創られたか』(1200円+税)も、その趣旨に沿った生命科学の入門書。信州大学と中部大学で教授を務めた柴井博四郎さんが執筆し、味の素出身の今井孝夫さんが挿絵を担当したハードカバーの上製本だ。
 内容は、古代ギリシャのアリストテレスが生命の自然発生説を唱えていたことの紹介などから説き起こす構成だ。アリストテレスの認識は非科学的に映るだろうが、当時の博物学的知見に基づく厳密な検証から導かれた結論だったのだ。
 自然発生説の否定には長い年月を必要とした。パスツールによる実験で最終的な決着をみたのは19世紀後半のことだった。レーウェンフックの顕微鏡も論争に一枚、かんでいる。
 『生物学は-』には、DNAの発見に至るまでの生命科学の研究史が概説されている。
 子供たちは、偉大な科学者の考え方に触れると同時に、多くの貴重なメッセージを受け取ることになる。「ときには先人の研究に疑いを持ち、または先人の研究をさらに先に進めるような仮説を考えることによって未来へと向かえるのです」といった教訓だ。
次世代に託す国の未来
 バイオ未来キッズは、食育の大切さと日本の食文化を重視しており、親の世代向けに、代表的な発酵食品の味噌(みそ)作り教室も開いている。
 米国の中学校で使われている生物学の教科書の翻訳も完了、年内の出版を予定している。西山さんは「没個性的なわが国の教科書とは全く異なる優れた内容です」と話す。日本の理科教育に一石を投じる考えだ。
 21世紀は「生物学の時代」である。19世紀には化学、20世紀には物理学が発展し、人類社会を変えてきたが、今世紀は生命現象を扱う生物学が科学と技術の最前線を切り開いて進む。
 既に、遺伝情報の文字列である塩基の配列を思いのままに削除・挿入できる「ゲノム編集」技術も実用化された。
 脳科学を援用した人工知能(AI)は、指数関数的な驚異の能力拡張を続けている。
 生命科学を軸に、時代は大変革を遂げる。この局面を乗り切るには、事態に能動的に対応できる若い研究力が必要だ。
 バイオ未来キッズのシニア研究陣は、第二の人生をその育成にかける。(ながつじ しょうへい)