【産経抄】5月20日 - 産経ニュース

【産経抄】5月20日

 一説によると「人間は赤い頬をした動物」に分類されるらしい。「しばしば羞恥を感じなければならなかったから」が理由とか。歩みを止めて、省みては自分を恥じる。人が人たるゆえんだと、ニーチェは説いた。
 ▼さて、どうか。戦争や犯罪はもちろん、環境や生態系の破壊という自然への仕打ちに、恥じらいのブレーキは見えない。他の動植物に言葉があれば、「面の皮が厚くできた動物」となじるかもしれない。種の絶滅など大事なものを失う段で青くなるのも特徴である。
 ▼だからだろう。人類の罪滅ぼしを、この人の半生記に重ねている。乱獲により一度は「絶滅」とされたアホウドリの繁殖を支え、奇跡的な復活へ導いた。東邦大学名誉教授の長谷川博さん(69)である。母体となる伊豆諸島の鳥島で、その数が5千羽を超えたという。
 ▼昭和50年代から島を訪れ、営巣場所を雨風や地滑りなどから守ってきた。巣作りの秋と若鳥の巣立つ春、年2度の単独調査は計2000日を超える。いつ火を噴くとも知れぬ火山島で差し伸べた手は、累卵の危うきにあった鳥たちの心安らぐ揺りかごであったろう。
 ▼その昔は人を遠ざけるどころか、船端で羽を休める無邪気な鳥だった。乱獲を経て現代へと露命をつないだのは、警戒心の強いものばかりという。これを「淘汰(とうた)」と呼ぶにはあまりに罪深い、人間が残した遺伝子への刻印である。過去の悲劇を二度と繰り返すまい。
 ▼鳥島では、唯一の連絡手段である衛星電話が壊れたこともあったと聞く。文字通り命懸けのライフワークだった。長谷川さんは今秋の巣作りを現地で確かめ、卒業する。個体の増加は軌道に乗り、9年後には1万羽を超えるとみられる。朗報を自分の目で見届けるのが夢だという。