対校戦に学ぶ潔さ たった2つのチームが毎回、雌雄を決する

蔭山実のスポーツ茶論

 春の風物詩と呼ばれるものはさまざまある。4月に埼玉・戸田ボートコースで行われる開成高(東京・西日暮里)と筑波大学付属高(東京・大塚)の定期競漕(きょうそう)大会もその一つ。1920年に始まった対校戦は98年間で90回を数える。

 春のボート競技といえばまず、早稲田大学と慶応大学の対校戦「早慶レガッタ」が挙げられる。第1回が行われたのは05年だが、つらい歴史の中で寸断された時期があり、今年4月で87回目となる。回数で上回る開成高と筑波大付属高の定期戦は、日本ボート界で最も“歴史”のある対校戦ということになる。

 「いくつかの学校と交渉の末、両校の思いが一致した。授業を犠牲にすることなく、練習方法も取り決め、武士道精神で卑怯(ひきょう)なことはしない。互いに稽古をつける気持ちから始まった」。かつてオールを漕(こ)いだ卒業生が、対校戦誕生の背景を説明した。

 対校戦の実現は容易ではない。東京六大学野球の早慶戦も、早大からの挑戦を慶大は当時、熟慮したことが資料から読み取れる。それから115年、早慶両校は苦難を乗り越え、野球に限らず好敵手であり続けている。よき好敵手に恵まれることも時の運であろう。

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 開成高と筑波大付属高も長い時間を超えて切磋琢磨(せっさたくま)してきたことが、その航跡にうかがえる。

 第1回に勝利した開成高は2005年の77回大会まで常に筑波大付属高をリードした。筑波大付属高は1972年の44回大会から激しい追い上げを見せ、2006年の78回大会に勝ってついに39勝39敗のタイとした。その後は互いに譲らず、今年の90回大会を終わって双方45勝同士である。

 この間、コースは向島から尾久、そして戸田へと移った。戦前には中断もあったが、戦中の中止は1945年の1回だけ。戦後は河川の汚染やさまざまな社会騒動に悩みながらも、両校の思いは廃れることなく受け継がれてきた。

 OB会報にはこんな逸話もある。「ボートを艇庫に返還する途中、突然の豪雨で前進を阻まれ、策に窮した。運を天に任せ、必死の団結力で漕ぎ、無事帰還した。必勝の信念と絶えざる鍛錬、団結の力は予想だにしない力量を発揮する。人間の能力は無限である」。これも対校戦なくして気づかぬことではなかったか。

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 東京六大学野球は、紆余(うよ)曲折を経た対校戦の積み重ねからなるリーグ戦である。25年に始まったリーグ戦の開幕戦は立大と明大の試合だった。両校はこの週末に対戦し、リーグ戦の行方も左右する戦いを演じた。明大と法大は早慶戦の一方でリーグ優勝決定戦を繰り広げてきた。「血の法明戦」といわれた壮絶な対校戦は健在である。

 対校戦は、予選を勝ち抜いたチーム同士が戦うのと異なり、伝統とプライドを背負う、たった二つのチームが毎回、その場限りで雌雄を決することに意味がある。その結果を潔く受け入れる姿を学ぶのである。

 「勝負はわずか3分半で決まる。その潔さ、その残酷さがこの対校戦を特別なものにしている」。開成高と筑波大付属高の競漕大会をOBはこう語っている。

 近代日本スポーツの隆盛を支えてきたのはこうした対校戦ではなかったか。華と話題のある試合を万人が楽しんだ。それは100年前に始まらなければできないものでもないだろう。新たな対校戦が生み出されていくことに期待したい。