荻村伊智朗ありせば…なぜスポーツはルールを定めているのか 論説委員・佐野慎輔

日曜に書く
4日の世界卓球団体戦女子準決勝、南北合同チーム「コリア」戦の第2試合でキム・ソンイに競り勝ち、感極まる石川佳純=ハルムスタード(共同)

 ルールって何だろう。

 手元の英語の辞書をひいてみると、名詞として「規則」「規定」「決まり」などとあった。さらに「支配」「統治」とあげられていた。むむっ。

 動詞は、「支配する」「統治する」「抑制する」となる。

 ここで合点がいった。国際卓球連盟(ITTF)のトーマス・ワイカート会長が強調した言い分の背景である。

ルール曲げた肩入れ

 先ごろ行われた卓球の世界選手権。女子団体戦の準々決勝を前に、唐突に韓国と北朝鮮が対戦を取りやめ、南北合同チーム・コリアを結成した。

 現地からの報道によれば両国選手の入場後、突然アナウンスが流れ、立ち上がったITTF幹部が拍手を送ったという。

 公平を前提とするスポーツにあって、決められたルールを特定の参加者に有利に働くよう変更してはならない。

 余力を残し、2つのチームの力を合わせて次の試合に臨むことができた合同チーム。統括団体幹部の肩入れは、不公平以外のなにものでもない。

 噴出した異論を、ワイカート氏はこう封じ込んだ。「ルールは尊重する。ルールは変わる。これはルールを超えた出来事で平和へのメッセージだ」

 ルールの持つもうひとつの意味、国際卓球界を統治する者による抑制にほかならない。

 国際スポーツ界は2月の平昌冬季オリンピックでも、同じことを行い、批判を浴びた。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が主導した女子アイスホッケーでの南北合同チーム結成である。

前のめりのトーマス

 孤立する北朝鮮が平昌大会前に流した融和ムードは、狙い通りに国際社会の空気を変えつつある。IOCやITTFなど、すっかり取り込まれた。

 バッハ氏は3月末に北朝鮮を訪問。金正恩朝鮮労働党委員長から2020年東京、22年北京冬季両大会参加を取り付け、「北朝鮮選手の参加を積極的に支援する」と述べた。しかし、そこには拉致問題の進展もみず、依然、核の不安が続く開催国・日本への忖度(そんたく)はない。

 なぜ、バッハ氏もワイカート氏も、「機関車トーマス」よろしく、これほど朝鮮半島問題に前のめりに走るのか。

 ふたりのトーマスはともにドイツ出身。東西冷戦時代の分断国家の選手である。自分たちの感じた悲哀をもうこれ以上、南北の選手に味わわせたくないとの思いもあるかもしれない。しかし、個人の感傷と国際機関のトップとしての行動は同じであっていいはずはない。

 今回の卓球騒動の最中、ワイカート氏の4代前のITTF会長、故荻村伊智朗さんの名前があちこちで聞かれた。

 1991年世界卓球選手権千葉大会。南北合同チームが結成され、コリア女子は団体戦9連覇をねらった中国を破って優勝した。その裏に荻村さんの力があった。しかし、27年前のそれと今回とでは本質は異なる。

選手に負担かけるな

 荻村さんに思いを致せば、彼は突然行動したわけではない。87年にITTF会長に就任すると、翌年のソウル・オリンピックで合同チーム結成をめざした。「ピンポン外交」によって国際社会とつながった中国が意識にあった。しかし、ソウルでは実現できずに、窓口を残し「熟すとき」を待った。

 その間、韓国に20回、北朝鮮には15回も足を運び、厚い氷を溶かした。同時に他の加盟国の理解を取りつけて、理事会の議題に挙げて機関決定。日本の自治体にかけ合い合宿地まで探した。一方で、合同チームを諭した。「大会の前日までは最大限の優遇をする。しかし始まったら、いっさい優遇はしない」

 荻村さんは規則、決まりに従って事を進めた。そこに夢や思い入れはあっても、支配や抑制といった無理はない。昔、聞いた凜(りん)とした口調を思い出す。

 今年の世界卓球。準決勝で対決した日本は合同チームに勝利した。キャプテン石川佳純は北朝鮮選手のカットに苦しみながら勝利、大粒の涙を流した。

 「大きなハプニングでプレッシャーはありました」

 押しつぶされそうな思いから解放された涙である。もし日本が負けていたなら、ITTF幹部はどう反応しただろう。

 選手に負担をかける行為は論外である。なぜスポーツは「決まり」「規定」としてルールを定めているのか。荻村さんなら言うかもしれない、雰囲気に流された追従など無責任だと。(さの しんすけ)