「日朝会談」に気をもむ前に 論説委員長・石井聡

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安倍晋三首相、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮通信=共同)

 米朝首脳会談の行方もまだ見定まらないうちに、日朝間の首脳会談開催の観測が出ている。対話の流れに取り残されまいと、無原則に会談を模索しようとするのは得策ではない。

 安倍晋三首相は「北朝鮮との間では北京の大使館ルートなどさまざまな手段を通じてやりとり」していると認めた。

 同時に「話し合いのための話し合いは意味がない」「やる以上は拉致問題について成果がある程度見込まれる可能性がなければならない」とも述べた。

 前のめりになっていないのは幸いだ。置いてきぼりを回避しようと焦れば、その時点で劣勢に立たされるからである。

 今のうちに政府は長年、放っておいた問題を整理してみてはどうか。2002年に結ばれた日朝平壌宣言の有効性について明確にしておくことだ。

 平壌宣言の骨格は(1)北朝鮮への経済協力(2)お互いの安全を脅かさない(3)北朝鮮のミサイル発射停止-である。その後の北朝鮮の度重なる核実験やミサイル発射により、日本は国連安保理決議に基づく経済制裁を加え、独自制裁も科している。

 (2)と(3)は実質的に破綻した。「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」と婉曲(えんきょく)的に触れられた拉致問題については、「今後再び生じることがないよう適切な措置をとる」としたが交渉の進展はなかった。

 そうした現実を前にして、政府は(1)の約束を今も守るべきものと考えているのだろうか。宣言の破棄という選択は、官僚の発想からは出てきにくい。他に代わるものがないだけに、宣言は「過去の基本文書」としてたたき台になりかねない。

 戦後や宣言後の主権侵害行為について、こちらが補償を求めるくらいの発想が必要だ。

 日朝首脳会談を展望するというなら、首相の言う通り拉致問題の決着を前提とすべきだ。もしそうなった場合、北朝鮮への支援や協力はどうするか。

 予想外の展開があったとしても、泥縄で決めるわけにいかない。楽観は禁物だが、金正恩(キム・ジョンウン)委員長との間で新たに絵を描き直す知恵と度量がいる。