大阪の夢は海に浮かぶ 論説委員・鹿間孝一

日曜に書く

 大阪は太古の昔、海だった。陸地といえば、現在は大阪城などがある上町台地と呼ばれる丘陵が、半島のように突き出しているだけだった。

 「おごそかなことに、地もまたうごく」

 司馬遼太郎さんが大阪の成り立ちを書いた一文が、JR大阪環状線の大阪城公園駅にレリーフにして飾られている。

 「夏、駅舎の前の森の露草の花の青さにおどろくとき、またたきの間(ま)でも茅渟(ちぬ)の海を思いかさねてもらえまいか。ひたにこのあたりまで満ちていたことを」

 「目の前の台地は島根のごとくせりあがり、まわりを淡水(まみず)が音をたてて流れ、大和や近江の玉砂を運び、やがては海を浅め、水が葦(あし)を飼い、葦が土砂を溜めつつ、やがては洲(しま)になりはててゆく姿は、たれの目にもうかべることができる」

古代から海上都市

 大和川や淀川が運んできた大量の土砂が河口に堆積して、島(実際には洲)になった。その数の多さをたとえて「八十島(やそじま)」と呼ばれた。

 「古代人にとって、島が誕生してゆくことに、神のわざを感じたのにちがいなく、ふるくからこの浜辺で、八十島をめでたく思う意味をこめた神事がおこなわれていた」。司馬さんは「大阪の原形」にこう書く。

 やがてそこに人が住み、町が生まれ、港ができた。遣唐使など大陸との交流の起点になり、「天下の台所」の繁栄は舟運が支えた。大阪は古代から「海上都市」だったのである。

 神の創造は、現代では土木技術によって成される。大阪湾を埋め立て、3つの人工島ができた。公募で「舞洲(まいしま)」「夢洲(ゆめしま)」「咲洲(さきしま)」と名付けられた。

 かつて大阪市は2008年夏季五輪に立候補した。舞洲にメインスタジアムをはじめとする競技施設を、夢洲は選手村に、すでに国際展示場「インテックス大阪」などが整備されていた咲洲にはプレスセンターを予定し、「海にオリンピックを浮かべたい」がキャッチフレーズだった。

 残念ながら開催地は中国の北京にさらわれ、とくに夢洲は造成はしたものの、これといった用途がなく、お荷物になりかけていた。

夢洲に万博とIRを

 再び脚光を浴びている。2025年に誘致をめざす国際博覧会(万博)と、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の予定地としてである。

 万博は今秋に開催地が決定するが、最大のライバルだったフランスが立候補を取り下げ、俄然(がぜん)有利になった。その前に、来年6月に20カ国・地域(G20)首脳会議がインテックス大阪で開催されることが決まった。

 この2大イベントで、OSAKAの国際的な知名度は飛躍的にアップするだろう。好調なインバウンド(訪日外国人客)にも一段と弾みがつく。

 大阪観光局によると、昨年1年間に大阪府を訪れた外国人客は、過去最多の1111万人に達した。前年比18%増で、5年前に比べると5倍以上の伸びである。消費額は初めて1兆円を超えた。

 さらなるインバウンド景気を当て込んで、ホテルの建設ラッシュが続いている。それも高級ホテルが多い。外資系のホテルチェーンが次々に進出し、既存のホテルは改装や建て替えで客室数を増やす。

 地元の期待はIRにある。アジアの富裕層をターゲットに、客単価が高く、長期滞在が見込める。さらに歴史・文化遺産を有する京都や奈良へ観光に出かけるなど、関西全体にシャワー効果がある。

 IRが誘致できれば、ホテルも供給過剰にはなるまい。

地に足をつけて

 長年、大阪で取材してきた記者にはデジャビュ(既視感)がある。

 1994年に泉州沖を埋め立てた関西国際空港が開港した。翌年にはアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の開催が決まっていた。地盤沈下した大阪が浮上するチャンスとみられたが、折悪(あ)しく阪神大震災が起きたこともあり、起爆剤は不発に終わった。

 思うに、地に足がついていなかったのである。「アジアのハブ空港に」というもくろみも、ライバル各国の空港に規模や利便性で劣った。国際化をめざすも、そろばん勘定はあったが、具体的な施策はなかった。

 その轍(てつ)は踏むまい。千載一遇とはめったにないという意味である。(しかま こういち)