【国語逍遥】(96)清湖口敏 あっ、点がない! 「取り返せばいい」に感激 - 産経ニュース

【国語逍遥】(96)清湖口敏 あっ、点がない! 「取り返せばいい」に感激

入場行進で慶応義塾ナインの先頭を行くプラカード=3月23日、甲子園球場(甘利慈撮影)
菅直人元首相の揮毫。あれ?「初」の字がどこか変だ…=平成22年9月 (栗橋隆悦撮影)
 漢字文化圏に生きる国民としては当然のことかもしれないが、漢字の一点一画にこだわる人は随分と多いようである。
 例えば姓に「辻」が付く人たちである。弊紙の記事表記ではツジは原則として2点しんにゅうの辻を使うことになっているが、私の知る限り彼らの大半は「生まれてこのかた、1点しんにゅうの辻しか書いたことがない。2点の辻なんて嘘字だ」と信じて疑わない。
 古来、日本人は筆写文字として1点の辻を書き続けてきたのだから、2点の辻こそ漢和辞典に載る正しい字体(印刷標準字体)だといくら説明しても、なかなか納得してもらえない。無理もないことではあるが。
 実は私にも気になってしかたがない点がある。学校で習ってきてすっかり慣れているはずの突や戻、臭の字を書くとき、いまだに下部の大に点を付けたくなるのである。昭和24年に当用漢字字体表が発表されるまでは、これらの漢字の下部は大ではなく犬だった。穴から犬が飛び出すから突然の突になる。しかしこれが大だと、字の成り立ちが全く見えてこない。
 今さら言っても詮ない話ながら、わずか1点を省略することにどれほどの意味があったのかと不思議でならない。たかが1点、されど1点である。
 外国人初の横綱となった曙関は大関昇進を機に、それまで使っていた「曙」の中の「者」に点を加えて「曙」と改名した。点は天に通じるとして、天下(横綱)を取る決意を、取るに足りないごく小さな点に込めたのだった。
 「仮面ライダー」で一躍人気者となり、今も芸能界で活躍中の藤岡弘さん、いや「藤岡弘、」さんも点に熱い思いを込める一人だ。「われ、いまだ完成せず」の意味があるのだとか。ただ、記事に「藤岡弘、さんは…」などとあれば、正式な芸名を知らない読者は、変な箇所に読点が紛れ込んだ誤植だと勘違いしてしまうかもしれない。
 名前に読点が付く例は、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』にも見ることができる。登場する「丶大(ちゅだい)法師」がその人で、「犬」の字を「大」と「丶」に分解し、法名とした。「丶」は「チュ・チュウ」と読まれ、灯火を意味する漢字で、それが後に読点として使われるようになったと漢和辞典には載る。
 丶大法師にせよ、曙関、藤岡弘、さんにせよ、点にはそれなりの重大な意味があった。では、あの人にとって点はいかなる意味があったのだろう。
 菅直人さんは首相在任中の平成22年、民主党(当時)の代表選における公開討論会に先立って「初心を貫く」と揮毫(きごう)した。弊社の政治部がにわかにざわついたのは、その日の夜も更け、日付がかわった頃である。編集局では朝刊最終版の制作に着手していた。
 「字が変だ!」。撮影された揮毫をよくよく見てみると、「初」の字が本来の衣偏ではなく示偏(ネ)になっている。つまり点が1つ欠けていたのである。
 菅さんの揮毫を報じた全国紙で、字の誤りに触れたのは産経だけだった。後に「なあに、弘法にも筆の誤りさ」と菅さんが開き直った-かどうかは知らない。
 弘法にも、といえば、このことわざの由来ともいわれる伝説に触れないわけにはいかない。弘法大師(空海)が京の都の應天門(おうてんもん)の額を書いた際、應(応の旧字体)の最初の点が抜け落ちているのに気づいた。だが額は既に門に掲げられている。そこで弘法大師は額をめがけて筆を投げつけ、見事、所定の位置に点を付け加えた。今昔物語に紹介された話である。
 弘法大師でさえ間違ってしまう應(応)の字である。聖人君子でもない身が誤ったところで特段の不思議もないのではあるが、それでも次の間違いは、さすがに関係者の肝胆を寒からしめたのに違いない。
 今春の選抜高校野球大会の開会式で、入場行進する慶応(神奈川)の選手たちを先導するプラカードの「慶応義塾」の文字に誤りがあった。「応」の中にある「心」の左端の点が欠落していたのである。シールにして貼る際にはがれたのを見落としたそうで、大会本部が「おわび」を表明したのは言うまでもない。
 感激したのは慶応の選手の次の一言だ。朝日新聞によれば、2年生の外野手が「取られた『点』は自分たちで取り返せばいい」と語ったという。機転とユーモアの利いた、若者らしい前向きのすがすがしいコメントである。他を思いやる優しい心ばえでもあった。実際にプラカード作りに携わった人たちは、この言葉にどれほど救われたことかと想像できた。
 慶応は残念ながら彦根東(滋賀)との初戦で、わずかに1点及ばず敗退したが、「取り返せばいい」の闘志がある限り、夏に向けてさらに力をつけ、また甲子園に戻ってくるだろう。
 その開会式の行進…。プラカードに書かれた「慶応義塾」の「応」の中では、自分たちの力で取り返した点がひときわ誇らしげに輝いていることだろう。