【別府育郎のスポーツ茶論】プロ野球中継撤退、一つの文化の消失 - 産経ニュース

【別府育郎のスポーツ茶論】プロ野球中継撤退、一つの文化の消失

アスレチックス戦に先発したエンゼルス・大谷=アナハイム(共同)
 ブラジル・サッカーのラジオ中継を聴いたことがある。それは、ひたすら選手名の連呼だった。パスが回るごとに選手名がアナウンスされ続ける。相手方のタックル、パスカットも、とにかく選手名がひたすらスピーカーから流れる。
 それで聴取者には「ゲームが見える」のだという。サッカー王国のファンは、それぞれの選手のポジションや特徴、特性を把握し、何より、サッカーというゲームを熟知しているのだろう。アナウンサーと、聴取者。相互の共通理解があって初めて成り立つ世界であり、これは文化である。
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 日本には、プロ野球中継がある。プレーに間(ま)があり、決まり事も多い。サッカーよりも、ずっとラジオ向きの競技といえる。
 投手が投げ、打者が打ち、野手が追うと同時に打者走者、走者が駆ける。基本はこの繰り返しであるが、手だれの名調子にフィールドの情景が浮かぶ。
 野球という競技が多くのファンに愛され、理解されているという前提が、アナウンサーと聴取者の関係を支えている。個人的に好きな場面は、右中間三塁打である。球が広い外野を転々とし、右翼手、中堅手がこれを追う。二塁手、遊撃手が中継に入り、投手は三塁手のカバーに走る。6人の野手が直線上に並び、打者走者が二塁を回る。
 同時進行の選手の動きを耳からのみの情報で想像するわくわく感は、ラジオならではの楽しみだった。
 往年のTBSに、山田二郎さんというアナウンサーがいた。父親は清水次郎長や森の石松でおなじみの浪曲師、二代目広沢虎造である。昭和39年の東京夏季五輪、47年の札幌冬季五輪ではいずれも閉会式を中継した。プロ野球では51年10月11日、後楽園球場の巨人対阪神戦で、王貞治がベーブ・ルースの記録を抜く、通算715号本塁打をラジオで中継した。
 先輩や各局のライバルと技量を競い、父親の間の取り方や強弱の付け方を参考にした。盲目の聴取者から「山田さんの中継は、球場の広さが分かる」といわれたことがあるという。本人に聞いた。
 「ああ、やってきたことに間違いはなかったんだ」と、うれしかったのだという。話芸の極みである。
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 海の向こうで、大谷翔平が大暴れしている。甲子園では大阪桐蔭が連覇を飾った。開幕したプロ野球の熱戦も続いている。
 そうした中で今季、一つの歴史が幕を閉じた。開局翌年の27年から66年続けられたTBSラジオのプロ野球中継がなくなった。
 「新しいラジオの聴き方が普及しつつある今、タイムテーブルにも変化が求められる」。これが撤退の理由だった。長年つちかった中継の技術は、これで途切れるだろう。それほど熱心な聴取者だったわけではないが、なくなると惜しくなる。大仰にいえば、一つの文化の消失ととらえてもいいのではないか。
 夕刻の茶の間で当然のように団欒(だんらん)の主役の座にあったテレビ中継も、地上波で見られることは極端に少なくなった。衛星放送やスマートフォンなどの端末で中継を見ることもでき、多様化するニーズの中で、仕方のないことではあるのだろう。少年野球人口も減り続けているのだという。
 小学生のころ、少年らの誰もが前夜のナイターの結果を熟知していた。勝敗は父親の機嫌も左右した。郷愁におぼれても、何も変わらないが。