突然の肺炎…山の下にも危険はある 足元を見ることの大切さ

野口健の直球&曲球
野口健さん

 青天の霹靂(へきれき)とはこういうことか。先月、突如、夜中にガタガタと体がけいれんを始めたかのような寒さに襲われた。ベッドの中でうなされていたが呼吸が浅いのに気づき病院に駆け込み検査。両側の肺が肺炎を起こしていた。またCRPという炎症反応の数値(平常値0・1~0・3)が26・98まで急上昇。医師から伝えられたのは、「敗血症です。ハッキリ言って重症です。野口さんは肉体的苦痛になれているから平然としていますが、通常の患者さんなら会話ができるレベルではありません。人によっては死に至るケースです」。

 予定されていた講演会に行けないかと尋ねたら「自分が重症であるということを自覚してください」とピシャリ。そして「今は生き延びることだけを考えてください。生きてさえいれば取り戻せます」と。その言葉にハッとさせられ、返す言葉もなかった。

 山にいるときはあれだけ死に対し臆病であり、迫ってくる危険に対し、敏感であるのに、山から下りてくるとセンサーが鈍り、体からの声に耳を傾けなくなってしまう。危険なのは何も山に限ったことではないのに。振り返ってみれば倒れる前から前兆はあった。倦怠(けんたい)感や免疫力が下がっていたのか複数の口内炎。気力も萎え、控室ではグッタリしていても講演会が始まれば気持ちのスイッチがオンとなり、その時だけ不調を忘れていた。人前で元気を出せるならそれで良いと。

 3月中旬から予定していたヒマラヤ遠征も延期。入院中、病室の天井を眺めながら感じたことがある。遠くばかりを見て足元を見ようとしていなかったのだと。自分を大切にできない人が、自身の夢や目標ましてや他者を大切にできるわけがない。病からの気づきもある。入院生活は贅沢(ぜいたく)である。何しろ自分の体のことだけに専念すればいいのだから。医師や看護師の皆さんに守られている安心感はまるで親に守られていた子供時代を連想させ肩の力がスーと抜けた。人生は短距離走ではないと自覚し、自身に対しても謙虚であること。一兵卒から始めなければならないのは私も同じである。

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【プロフィル】野口健

 のぐち・けん アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題、戦没者遺骨収集など、幅広いジャンルで活躍。新刊は『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)。