【風を読む】拉致報道 反省するは我にあり 論説副委員長・別府育郎 - 産経ニュース

【風を読む】拉致報道 反省するは我にあり 論説副委員長・別府育郎

 連載中の「私の拉致取材 40年目の検証」が面白い。面白ければ面白いほど、何かが突き刺さり、胸が痛い。
 筆者の阿部雅美は社会部の、公安担当の大先輩である。連載は長年にわたる拉致取材で新聞協会賞を得た手柄話ではなく、もっと書けたのではないか、との痛切な反省の記である。
 記者(私)が警視庁で警備・公安部を担当した短い期間に、大韓航空機が爆破され、日本赤軍コマンドやよど号ハイジャック犯が国内で次々逮捕された。
 大韓機爆破の実行犯2人は、偽造の日本国旅券を所持しており、この取得には北朝鮮スパイによる「西新井事件」で暗躍した工作員「宮本明」こと、李京雨が関与していた。
 犯行を認めた金賢姫元工作員の供述から日本人化教育係「李恩恵」の存在が浮上し、「ジュリー(沢田研二)が大好き」などのプロフィルが後に判明する拉致被害者、田口八重子さんのものと一致した。田口さんの拉致に李京雨が関与したことも分かっている。
 国内潜伏中に逮捕されたよど号犯は、実在する日本人名義の旅券を所持していた。その兄が勤務した東京の貿易会社では女性社員が殺害され、2児が北朝鮮に拉致されたとされる。同社は複数の拉致事件に関与していた。よど号犯の元妻は、偽名で横須賀のスナックを経営しており、後に有本恵子さんの拉致に関与したと告白した。
 担当した事件の多くが、拉致と不可分のものだったのだ。
 昭和63年3月26日、参院予算委員会の質疑で当時の梶山静六国家公安委員長と警察庁の城内康光警備局長が初めて、アベック3組の不明を「北朝鮮による拉致の疑い濃厚」と認めた。
 ところが、産経を含む新聞各紙、テレビ各局の報道は冷淡か無視を決め込んだ。阿部はこれを、自戒を込めて「メディアが死んだ日」と書いた。
 直前の1月まで公安を担当していたのは記者である。城内局長は警視庁公安部長からの転身で、日常的な取材対象だった。記者は、メディアを殺した責を負うべき一人である。