4月2日

産経抄

 米国人記者のカンボジア人助手が内戦終結後、国外脱出に失敗する。一人取り残され、移送された集団農場では、特別な理由もなく人が次々に殺されていく。脱走して難民キャンプをめざす途中の荒野には、白骨死体が散乱していた。

 ▼1984年に製作された、英国映画「キリング・フィールド」を見た時の衝撃は大きかった。100万人以上が犠牲になったといわれるポル・ポト派による蛮行の事実を、この映画で初めて知った。

 ▼ロンドンの名門劇場「ナショナル・シアター」で上演中の演劇「ザ・グレート・ウエーブ」が、評判を呼んでいる。嵐の夜に北朝鮮の工作員によって拉致される、17歳のハナコが主人公である。日本人を母親に持つ英国人脚本家が、拉致問題を「大波」ととらえ、被害者と家族の悲劇を伝えようとしている。

 ▼拉致問題については、日本政府の情報発信の強化が課題となってきた。昨年9月、トランプ米大統領が、国連演説で拉致被害者の横田めぐみさんに言及し、国内で大きな話題となった。とはいえ、国際社会での認知はまだ十分ではない。この作品によって、一人でも多くの英国民が北朝鮮の国家犯罪について知るようになればいい。ただフィクションには、やはり限界もある。

 ▼最近、外交活動に力を入れる北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、東京五輪への参加を表明した。あたかも「普通の国」のように振る舞い始めた。もっとも独裁政権の下で、今もすさまじい人権弾圧が続いているはずだ。

 ▼日本に逃れてきたカンボジア難民は、「キリング・フィールド」を見て、口をそろえて指摘した。「現実はもっと悲惨」。拉致問題もしかり。どんな作家の想像力をも受け付けないほどに、その闇は深い。