3月21日

産経抄

 東日本大震災から約1カ月後、仙台を本拠地とする楽天は、札幌ドームで復興支援試合を行った。選手会長の嶋基宏捕手が試合前に行った名スピーチは、今も語りぐさである。

 ▼実はプロ野球を統括する日本野球機構から、事前に挨拶用の原稿が届いていた。当時球団広報を担当していた岩越亮さんは、一読して違和感を覚えた。「被災者がんばれ」といった、外からの目線が目立つ。被災地の球団として語るべき言葉は何だろう。嶋選手と岩越さんが何時間も議論して、人々の心を揺さぶるあの表現に行き着いた。「見せましょう、野球の底力を」。

 ▼原稿を用意して、しっかり準備する。スピーチの名人として知られた作家の故丸谷才一さんによれば、挨拶で失敗しないためのコツはこれに尽きる。テニスのBNPパリバ・オープンに優勝した大坂なおみ選手(20)も、英語のスピーチの段取りをつけていた。

 ▼ところが表彰式で名前を呼ばれた途端、頭の中から消え去った。「何か忘れてないかしら」。自問自答の繰り返しに観客はハラハラさせられる。「史上最悪のスピーチかも」。自虐発言には大爆笑が起こった。なにしろ彼女にとってツアー初優勝である。その初々しさが評判となり、「逆に最高のスピーチ」と称賛の声が相次いだ。

 ▼嶋選手のスピーチから2年半後、楽天は見事日本一に輝いた。父がハイチ出身の米国人、母が日本人の大坂選手は、日米両方の国籍を持つ。女子トップクラスのパワーは、2年半後に開催される東京五輪でも大いにメダルが期待できそうだ。

 ▼その頃には、いくつもの大会で優勝を重ねスピーチの経験を積んでいる。今は恥ずかしがってなかなか話したがらない日本語とともに、格段に上達しているだろう。