3月20日

産経抄

 戦国武将の武田信玄が残した名言の一つである。「およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす」。五分の勝ちなら今後の励みとなり、七分なら心に怠りが生じる。

 ▼十分つまり完全に相手をやっつけると、驕(おご)り高ぶってしまう、との警告である。その伝でいくと、ロシアの大統領選でのプーチン氏の勝利は、「十分をもって下」となる。現職のプーチン氏の得票率は76%を超え、通算4選を果たした。

 ▼もともと有力な対抗馬は見当たらず、勝利は確実視されていた。それでも政権側は「勝ち方」にこだわる。まず投票日を、ウクライナ南部のクリミア半島併合からちょうど4年の18日に設定した。もちろん実績をアピールするためだ。

 ▼無料のがん検診や人気歌手のコンサートのチケットなど、「景品」まで用意して投票率アップを図った。もっとも今回の結果が、ロシアに明るい未来をもたらすとはとても思えない。プーチン氏の強権支配が続く限り、欧米諸国との関係は改善せず、経済改革も進まない、との見方がもっぱらである。

 ▼「九勝六敗を狙え」。信玄と同じく、作家の故色川武大(たけひろ)さんは勝ちすぎを戒めた。若いころのばくち三昧の生活のなかで会得したセオリーは、その後の人生でも役立ったという(『うらおもて人生録』)。本日の木村汎(ひろし)氏による「正論」によれば、少年期のプーチン氏がレニングラードの街頭で学んだ人生哲学は違っていた。

 ▼弱肉強食の世界で生き延びるには、ひたすら勝ち続けるしかない。プーチン氏は2024年の任期が終わっても、最高権力者の地位に止(とど)まる、と木村氏は見る。権力を手放せば、暗殺の危険さえあるからだ。独裁者として生きるのも大変らしい。