【産経抄】3月19日 - 産経ニュース

【産経抄】3月19日

内田康夫さん=平成26年8月撮影
 「良識疑わせるCMなぜ流す」。平成9年8月10日付の朝日新聞に、こんな見出しのついた投書が掲載された。投稿したのは、長者番付(高額納税者)の作家部門で1位になったばかりの、内田康夫さんである。
 ▼当時、人気俳優が全裸でカップ麺をすする、大手食品メーカーのCMが話題になっていた。「男の裸が、清潔感を大切にすべき食品に良好なイメージを与えるとは到底思えない」。内田さんはこう苦言を呈していた。
 ▼もともと、広告制作会社の経営者だった。酒は飲まずゴルフもしない代わりに、アマ六段の囲碁をはじめ、将棋やマージャン、絵画にピアノと多趣味である。43歳で初めて書いたミステリーは、最後の趣味となるはずだった。
 ▼江戸川乱歩賞に応募して落選したものの、自費出版すると編集者の目に留まった。ルポライターにして名探偵、浅見光彦が登場するのは、3作目の『後鳥羽伝説殺人事件』からである。趣味が本業になってしまった。やがて光彦を主人公とするシリーズは114冊、累計発行部数9700万部を数えることになる。
 ▼もっとも作家になってからも、仕事に対する考え方は変わらなかった。「小説は、まず読まれることが必要です」。かつて小紙の取材に語っている。読後感を悪くしないよう、ポルノや無意味な暴力を描かなかった。適切な商品を市場に提供するマーチャンダイジングの発想である。男の裸のCMなど論外だった。
 ▼顧客、いや読者サービスにも熱心だった。光彦のファンクラブを作り、記念館まで建てた。その記念館に、83歳で亡くなった内田さんへの献花台が設けられる。内田さんは長年のファンへ、感謝と「これからも光彦をよろしく」とのメッセージを伝えたかったようだ。