3月15日

産経抄
ハリー・トルーマン米大統領

 朝鮮戦争の最中の1951年4月、トルーマン米大統領は、国連軍司令官だったマッカーサー元帥を突如解任した。命令不服従の繰り返しに、堪忍袋の緒が切れた。とはいえ、相手は第二次大戦の英雄である。体面を重んじて、大統領が個人的に特使を送ることになった。

 ▼ところが情報が漏れ、マッカーサーはラジオで自分の更迭を知る(『ザ・フィフティーズ』ハルバースタム著)。「たとえ、使い走りや給仕、雑役婦だって、あれほど無礼なやり方でクビになった者はいないだろう」。マッカーサーは後に憤懣(ふんまん)をぶちまけている。

 ▼ティラーソン国務長官が、自らの解任を知ったのは、トランプ大統領のツイッターだった。無礼への怒りからだろう。ティラーソン氏は会見で、政府職員や米国民への感謝の言葉を述べたものの、トランプ氏には言及しなかった。

 ▼トルーマンとマッカーサーは、もともとそりが合わなかった。トランプ氏とティラーソン氏も、イラン核合意やパリ協定、TPPなど重要問題で意見が食い違っていた。ティラーソン氏が、トランプ氏を「愚か者」と呼んでいる、との報道もあった。

 ▼それゆえ、解任自体に驚きはない。もっとも、北朝鮮との首脳会談という歴史的な大仕事を控えてなぜこの時期に、との疑念は消えない。国務省内の混乱が収まるまで、かなりの時間を要するだろう。

 ▼トルーマンといえば日本人としては、原爆投下という非道に対する罪を問わずにはいられない。ただ米国の歴史家の間では、比較的評価が高い。ソ連を封じ込め、欧州復興に貢献したトルーマンには、「賢人」と呼ばれる閣僚たちがついていた。次々と側近が離反していくトランプ氏の傍らに留(とど)まっている賢人は、あとわずかである。