(95)清湖口敏 「ホワイトデー」 草食系男子も恋に目覚めよ

国語逍遥
布忍神社の社殿=大阪府松原市(布忍神社提供)

 大阪府松原市にある布忍(ぬのせ)神社が今、若い女性の人気を集めていると先月、朝のテレビ番組が報じていた。

 同市には40年ほど前に住んだ縁もあって、その神社はよく知っている。当時は(失礼ながら)地域住民以外にはほとんど知られていないお社という印象しかなく、遠方から女性がわざわざ参拝する今の光景など、想像も及ばなかった。

 現代美術アーティスト、イチハラヒロコさんとの共同による「恋みくじ」がお目当てなのだという。そのおみくじに書かれた“お告げ”が一風も二風も変わっていて、「撤収。」「人は見かけ。」「いやなら辞めたら。」…。

 何とも刺激的な言葉である。一読して戸惑う人も多かろうが、宮司の寺内成仁さんは「まずは自分でよく考えてみて」と話す。どうしても分からないときは宮司さんに尋ねてみる手もあるようだが、寸言から広がる意味-恋愛に限らず人生全般に通じるものかもしれない-を自ら感じ取るところに、このおみくじの妙味はありそうだ。

 いやなら辞めたら-この言葉に背中を押されて「辞めてやる」と開き直ってみるもよし、「じゃ、好きなことだけをやり抜こう」と発想を転換させるもよし。各人各様の受け止め方があるはずで、実にユニークなおみくじというほかない。

 それにつけても、女性はどうしてこうも「恋」をうたったおみくじや占いの類いが好きなのだろう。どちらかといえば劣情に傾きがちの男性とは違って女性は、恋に恋するといわれるように、恋愛そのものに生きようとするロマンチストだからだろうか。

 夢見るような、はたまた燃えるような恋愛をしたいと考えるのは、独断かもしれないが女性の特質的な一面のようにも思われる。

 全編これラブストーリーの『源氏物語』も、読者は圧倒的に女性が多い。ウェブサイトには、そんな源氏物語好きの女性をターゲットにした占いがいくつもある。そのうちの一つ、質問に答えていくだけで自分は源氏物語の中のどの女君とタイプが似ているかを言い当ててくれる占いを、男の私が試しにやってみた。

 途中で「彼女や奥さんのいる人を好きになったことがあるか」と問われ、不覚にも考え込んでしまったが、もちろん「NO」と答えて最後まで進めたところ、私は「紫の上」タイプだと診断された。「あなたも紫の上同様、周囲の人から愛され、特に年上の男性からの人気が高い」との解説もあり、身に余る評価と喜んでいいのかどうか…。

 紫の上といえば、光源氏の恋愛遍歴の中でも、とりわけ彼の心に強く存在し続けた特別の女性だ。源氏がひそかに慕う藤壺の面影を宿す紫の上は、例えば夕霧の目を通して「気高くてきれいで、さっと匂いの立つ気がして、春の曙(あけぼの)の霞(かすみ)の中から美しい樺桜(かばざくら)の咲き乱れた…」(与謝野晶子訳)と比喩されるほどの美しさだった。薄幸な身の上から源氏の実質的な正妻となっていく紫の上。だがその栄誉とは裏腹に、寂しい死を迎えることとなる。

 源氏物語には、身分の低い女性が貴公子の寵愛(ちょうあい)を受ける、いわゆるシンデレラ・ストーリーが多い。熱心な読者だった菅原孝標女(たかすえのむすめ)は『更級(さらしな)日記』に「光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ…」と記した。光源氏がその可憐(かれん)さにひかれた夕顔や、宇治の薫(かおる)大将に愛された浮舟のようになることを夢見たのである。夕顔も浮舟も高貴の血筋ではない点に、孝標女は自らとの共通点を見たのかもしれない。

 残念ながら夕顔も浮舟も不幸な結末に至る。

 平安中期に書かれた源氏物語は、一夫多妻といった現代とは全く異なる社会通念に貫かれている。男の、今でいう不倫をも当然のこととして受け入れざるを得なかった女性は、嫉妬や葛藤、自己抑制に苦しむばかりだった。それでも物語が現代女性を引きつけるのは、形はどうあれ愛に生きようとする女性のひたむきさが共感されるからだと、私は勝手に信じている。

 源氏物語は男性が読んでも十分に面白い。容貌や性格、教養、なりふりなどまさに十人十色の女君の中で、結婚するなら誰がいいか、恋人ならば、友達ならば…と、色男になったつもりで「雨夜の品定め」よろしく思案をめぐらせながら読むと、なお楽しい。若い男性にはとくにお薦めだ。

 というのも昨年、明治安田生活福祉研究所が調査したところ、10代後半と20代前半の未婚男性のそれぞれ1割強が恋愛や男女交際に「興味がない」と答え、約7割が「消極・受動的」だと答えている。同研究所は後者の性向を「草食系」と括(くく)っているが、恋愛に積極的になれない青年がこれほど多いとは驚きだ。

 草食系男子が増えれば日本の少子化にも一層の拍車がかかる? いやそんなこととは関係なく、若い男性にはもっと恋愛のすばらしさに目覚めてほしい。手始めにおみくじを、というのもいいかもしれない。きょうはホワイトデーである。