他社の先輩からの千本ノック

津田俊樹のスポーツ茶論
レンジャーズ戦の二回、右前打を放つエンゼルス・大谷=テンピ(共同)

 書けない。ペンが止まったまま進まない。手書きの原稿用紙をファクスで送る時代だった。締め切り時間が刻々と迫る。手のひらに脂汗がにじみ出る。焦れば焦るほど、一向にマス目を埋められない。

 突然、静かだった記者席が騒がしくなる。「延長戦とはな、両チームとも野球が好きだよ」「4時間もやって、エラーで幕切れなんて締まらないゲームだった」。試合が終わって15分も過ぎていないのに、出稿を終えたベテラン記者たちが解放感に浸っている。速い、いや、速すぎる。

 プロ野球記者の駆け出しの頃、他社の先輩の立ち居振る舞いに目を配った。ニュースに強いタイプ、名文家、記録の大家など個性的で存在感にあふれていた。

 話題の中心は、夜の街とギャンブル。だが、遊んでいるようで、人知れず取材を重ねている。勝手に千本ノックを受けているつもりで必死に食らいつく。「いつか、ああいう記者になりたい」と背中を追った。

 具体的なアドバイスを受けたわけではない。なかなか一人前として扱ってくれなかったが、つらくはなかった。同じ現場を踏んでいる喜びが支えになった。

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 街で偶然、ライバル社の記者とバッタリ会った。スポーツへの見識、分析力、筆力とも群を抜く書き手として、年下ながら一目おいている。「ちょっと話を聞いてくれませんか」。日頃、冷静なのに珍しく怒気がこもっている。

 「すっかり、現場が変わってしまって。以前は互いに認め合って競ったじゃないですか」

 「多くの記者から刺激を受けたね」

 「私もそれなりの年齢になったから、自分の会社に限らず若い人が気になるけど、どうも手応えがないんです。スマホばかり見ているんだから」

 送稿手段が記者パソコンとなり、速報性がより求められ、SNSへのスタンスが重きをなす。メディア環境は激変している。

 先日、若手に取材の基本的な姿勢について注意すると、「会社が教えてくれないんですから」と唇をとがらせながら反論された。

 どうやら、手を取って水飲み場まで連れていかなければならないらしい。周囲を見ながら経験を重ね、自分で判断するという意識が薄れている。

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 いつも手元に「野球は言葉のスポーツ 伊東一雄・馬立勝著 中公新書」という本を置いている。

 アメリカ野球のしゃれたやりとりや痛烈な皮肉が織り込まれ、何度読んでも引き込まれる。

 巨人担当として、当時の王貞治監督の一挙手一投足をキャンプからシーズンを通して追いかけた。出張続きで忙しかったが、充実した日々だった。

 「私はスポーツ記者になりたかったわけではない。野球記者になりたかったのだ」

 ピュリツァー賞を受賞したニューヨーク・タイムズのデーブ・アンダーソン記者の言葉に膝を打った。

 第一線を退き、時代の流れや世代交代に翻弄される今は「この世で一番みじめなのは、年をとった野球記者だ」(作家のリング・ラードナー)をかみしめている。

 プロ野球、メジャーリーグが開幕する。チームの底上げには、新戦力の台頭が不可欠だが、伝える側も同じではないか。人材育成という難題を抱えながら、新たなシーズンの幕が開く。どういう展開になるのだろうか。