【日曜に書く】裁量労働制は不要なのか 論説委員・井伊重之  - 産経ニュース

【日曜に書く】裁量労働制は不要なのか 論説委員・井伊重之 

 まさに失態としか言いようがない。
 「働き方改革」を最重要課題に掲げる安倍晋三政権が、その目玉と位置付ける裁量労働制の対象職種の拡大をめぐり、国会答弁で不適切な統計データを用いて法案提出の撤回に追い込まれた件である。
 大臣の失言やスキャンダルなどで法案が成立断念に追い込まれたり、国会戦術の一環で法案提出を見送ったりする事例は過去に何度もあった。だが、今回は政府の法案説明に使った統計データが誤りだったとして首相が国会答弁を撤回した揚げ句、法案の国会提出も先送りされた。前代未聞の事態だ。
 この法案に対して野党は以前から強く反発し、3年も国会審議が棚ざらしにされていた。今回の不適切データによる説明も3年前に用意され、これまでも大臣の国会答弁で使われていたというから驚くばかりだ。答弁を作成した厚生労働省は統計データを検証することもなかった。その責任は重大である。
 ◆明治の「工場法」に源流
 ただ、そもそも裁量労働制とは、労働時間の短縮を目指すものではない。限られた時間の中でいかに効率よく働くかを促す制度のはずだ。答弁のデータが間違っていたのは論外だが、その説明が意図した方向性にも大いに問題があった。
 ここで考えなければならないのは、裁量労働制のあり方である。法案が撤回に追い込まれたのは杜撰(ずさん)なデータのせいだ。裁量労働制の必要性に変わりはない。先進国の中で最低水準が続く日本の労働生産性を引き上げるためにも、労働市場改革は避けて通れない。
 時間をかけて働くほど残業代を含めた賃金が増える現行の労働法制は、明治から大正にかけて施行された旧工場法の枠組みで定められた。その対象は主に労働時間で生産量が決まる工場従事者だった。しかし、現在のホワイトカラーは、必ずしも労働時間の長短で仕事の成果が決まるわけではない。そこでは新たな基準が必要になる。
 ◆労働者に委ねる時間配分
 裁量労働制はあらかじめ労使で決めた時間を働いたとみなす仕組みだ。みなし労働時間を8時間とすれば、実際の労働時間が7時間でも8時間分の賃金が支払われる。一方で仕事に手間取って9時間かかっても8時間分の賃金しかもらえない。いわば一定の仕事量を前提にした雇用制度であり、その分、労働時間やその配分などは働き手の裁量に委ねられる。
 すでに弁護士や編集・デザイナーなどを対象とする「専門型」に加え、企画業務や調査・分析など「企画型」と呼ばれる職種が適用済みだ。政府は今回の改正で、企画型の職種拡大を目指していた。これには営業職の一部も対象とされ、営業の中でも顧客の課題解決を提案する業務が想定されている。
 働く人がどれだけ効率的に仕事の成果を挙げたかを示す指標である労働生産性の国際比較をみると、日本の低さは深刻だ。2016年の日本における時間あたり労働生産性は、先進国クラブとも称される経済協力開発機構(OECD)35カ国の中で20位にとどまる。この順位は1980年からほぼ変わらない。先進7カ国(G7)の中では最下位だ。
 これには製造業に従事する人に比べ、ホワイトカラーの働き方が影響しているとされる。製造現場では日常的にコストダウンに取り組んでいるが、事務職ではそうしたコスト意識が薄いのは事実だろう。生産性が低いために長時間残業を強いられている面も否めない。
 ◆置き去りにされた本質論
 これに対し、野党側は裁量労働制を「定額働かせ放題」と批判してきた。今回は政府側の自滅点で撤回を勝ち取った格好の野党だが、そこで議論を深めるべきだった課題も宙に浮いた。例えば裁量労働制にならない職種に違法適用して残業代を削減する「名ばかり裁量」を徹底して排除する仕組みなどだ。特別指導された野村不動産のような不正の再発防止は急務だ。
 野党は関連法案に盛り込まれた「高度プロフェッショナル制度法案」(脱時間給法案)にも反対している。こちらは年収制限が設定され、本人同意が条件となっている。こうした歯止めの徹底も重要だ。政府は丁寧な説明を尽くしてほしい。
 働く人の給料など待遇を継続的に改善するには、生産性向上は不可欠だ。これを抜きに日本の経済・社会の活性化は見込めない。このことを議論の出発点にしたい。(いい しげゆき)