【産経抄】3月11日 - 産経ニュース

【産経抄】3月11日

 歌人の永田和宏さんに悲痛な一首がある。〈わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ〉。同じ歌人で妻の河野裕子さんをがんで亡くし、自戒を込めて詠んだという。「死者は、生者の記憶のなかにしか生きられない」と(『たとへば君』文芸春秋)。
 ▼鎮魂の日が今年も巡ってきた。死者1万5895人、行方不明者2539人。二つとない命を奪った東日本大震災から7年がたつ。遺品、写真、思い出。亡き人をしのぶよすがは残された人それぞれとして「記憶の風化」という世の無情にあらがった歳月でもある。
 ▼東北学院大の学生は一昨年秋から遺族の見る夢を聞き取り、記してきた。2月に出版された『私の夢まで、会いに来てくれた』に妻と次女を失った40代男性の話がある。震災1カ月後の夢で「戻りたい」と嘆いた妻が、5年後に見た夢では「どこにも行かないよ」。
 ▼夫を励まし、指切りしたという。「私にとって生きる力」と男性は語り、監修した同大の金菱清教授は「夢は、遺族たちが前を向こうとする魂(いのち)の律動(はたらき)」と書いている。死者に生かされる、そんな「生」がある。孤立しそうな遺族を夢が支える「孤立“夢”援」だと。
 ▼この7年、多くの犠牲者に胸を張れる社会を、日本人は作れたか。復興を担う政治家の耳を疑う失言があり、原発事故で生まれ故郷を追われた子供たちが、心ないいじめに遭った。国が「集中復興期間」と位置づけた10年は、容赦なく期限が迫っているというのに。
 ▼今も7万3千人が避難生活を続けている。「あの震災」とは呼べまい。「記憶の風化」は死者と遺族らへの罪深い裏切りであろう。われわれは、記憶の担い手たり得ているか。自戒を込めて胸に手を当ててみる。