【日曜に書く】〝不公平〟な南北合同チーム 真の敗者はIOCである 論説委員・別府育郎 - 産経ニュース

【日曜に書く】〝不公平〟な南北合同チーム 真の敗者はIOCである 論説委員・別府育郎

2月14日、アイスホッケー女子の南北合同チーム「コリア」に声援を送る北朝鮮の応援団=韓国・江陵(共同)
2月14日、アイスホッケー女子・日本対南北合同チーム「コリア」で、第2ピリオドに合同チームのグリフィン選手が決めた“歴史的初ゴール”。GK小西=平昌(AP)
日本戦の第2ピリオド、ゴールを喜ぶ韓国と北朝鮮の合同チーム「コリア」の選手たち=江陵(共同)
勝者には何もやるな
 平昌五輪のフィギュアスケートで連覇を飾った羽生結弦は、帰国会見で自らへの褒美を問われ、「金メダルだけで十分」と話した。
 「勝者には何もやるな」とはアーネスト・ヘミングウェーの短編集の題である。「勝者に報酬はない」の訳もある。これをもじったか、「敗者には何もやるな」と読んだこともある。確か、ボクシングを題材とした漫画だった。作家の沢木耕太郎は「敗者をして真に敗れせしむるために……」と、「敗れざる者たち」を書いた。
 五輪は、ほんの一握りの勝者と、圧倒的多数の敗者の大会である。ただし敗者が、勝者を上回る印象を残すこともある。
 1964年の東京五輪マラソンの、円谷幸吉がそうだ。72年札幌五輪フィギュア銅のジャネット・リンもそうだったかもしれない。ベアトリクス・シューバの金メダルを覚えている人は少数派なのではないか。
スポーツの力
 ソチ五輪のフィギュアでは、浅田真央がショートプログラム(SP)冒頭のトリプルアクセル(3A)で転倒し、その後も失敗を繰り返して16位に沈んだ。フリーでは一転、3Aを見事に舞い降り、鬼気迫る演劇性でスタンドや茶の間の観戦者を遥(はる)かなる高みへいざなった。
 滑りきった浅田の涙が、忘れられない。
 平昌五輪で同じ役回りを演じたのが、フィギュア男子のネイサン・チェンである。SPのジャンプは失敗の連続で茫然(ぼうぜん)自失の17位発進。フリーでは5つの4回転を跳んで金メダルの羽生の得点を大きく上回ったが、SPのつまずきが大きく、メダルに手は届かなかった。
 勝負に「たら・れば」はないが、もしチェンがSPであれほどのミスを重ねなければ。そう問われた羽生は「自分のリミッターが外れて、さらに超えた演技ができたかもしれない」と答えた。敗者の迫力が勝者を鍛えあげるのだ。
 チェンのフリーの演目「小さな森の小さなダンサー」は米国に亡命した中国人ダンサーの物語である。米国の中国移民の子であるチェンは4年後、父母の祖国で開催される北京五輪で、競技続行を明言した羽生の最大のライバルとなる。今日の敗者は明日の勝者となり得る。ただし、約束はされない。
 スピードスケートにおける小平奈緒と李相花の友情物語を紡ぎあげたのは、ここに至る小平の敗北の歴史と、李が背負うものの大きさである。自国開催で五輪3連覇を期待された李の失意が大きいほど、勝負が真剣なものであったからこそ、小平との抱擁を美しくみせた。
 団体追い抜きにおける日本チームの科学と鍛錬に裏打ちされた隊列の妙を際立たせたのは、決勝で下したオランダチーム個々人の圧倒的な実績、体格、迫力である。優れた敗者の存在を抜きに勝者は輝き難い。
 そして敗者はいつか、スポーツに救われる。スポーツには本来、その力がある。
五輪を壊す者
 では、平昌五輪の真の敗者は誰か。それはスポーツを壊す者だろう。スポーツはルールによって成り立っている。ルールを破壊すれば存在価値を失う。
 韓国を取り込みたい北朝鮮と融和を功績としたい韓国は、アイスホッケー女子の南北合同チームを組んで五輪に臨んだ。特例として大会登録選手枠の増大を認めたのは、あろうことか、国際オリンピック委員会(IOC)である。
 スポーツの守護者であり、五輪の司祭者であるべきIOCが基本ルールを曲げたのだ。
 選手の消耗が激しいアイスホッケーで登録選手数に差があるのは、著しく不公平である。対戦国や、何より韓国チームの不満を押さえ込んだ政治の介入をIOCが助長した。これはスポーツの否定である。
 作り物の合同チームは感動を呼ばない。全敗に終わった最終戦のスタンドに「美女応援団」の姿はなく、閉会式で韓国選手団は統一旗を持たず、自国の太極旗のみを振った。それが冷徹な現実である。南北合同チームを絶賛したIOCのバッハ会長の閉会の辞が、なんとむなしく聞こえたことか。
 真に敗れせしむるもの。平昌におけるそれは、IOCだったのではないか。
 大会後、国家ぐるみのドーピングを認めないロシアの資格停止を解除した弱腰姿勢と併せ、極めて深刻と憂慮する。2年後は、東京五輪だ。(べっぷ いくろう)