冷たい戦いを超えて(18)国民を敵に回したのは不誠実

オリンピズム
スピードスケート女子5000メートルで銅メダルを獲得したナタリア・ボロニナ(右)の胸には「OAR」の文字が浮かぶ=16日、江陵オーバル(ロイター)

 メダルを取ってもどこか喜ぶことはできない。ドーピング違反歴があると平昌五輪への出場が認められなかったロシア選手。参加できても国家の代表ではなく、「ロシアからの五輪選手(OAR)」として個人の資格になる。準備も練習もこれまでに経験したことのない厳しい状況に追い込まれた。異例の事態だ。

 「コーチもスタッフもいない。一緒に練習する仲間もいない」。大幅に参加選手の減ったスピードスケートの女子5000メートルで3位に入ったナタリア・ボロニナは孤軍奮闘の末に手にした銅メダルに涙した。「OAR」と呼ばれてもなじめず、海外の選手が練習で助けてくれても手放しで受け入れることができない。表彰式も五輪旗が揚がり、かつてのモスクワ五輪での西側諸国の裏返しになった。

 国家か個人か。五輪参加をめぐる問題はモスクワ五輪でも議論された。政府がボイコットを支持するなら、選手個人で参加できないものか。そう思いたくなるのだが、それは原則として不可能だ。

 五輪に選手団を派遣する権限を有するのは、国際オリンピック委員会(IOC)が公認する日本オリンピック委員会(JOC)などの各国のオリンピック委員会(NOC)で、選手らの参加登録を申請するのもNOCである。

 NOCが選手団派遣の際、人種や宗教、政治をめぐる理由で特定の選手を締め出すようなことがあれば、選手は提訴できる。NOCが五輪に参加しないと判断し、選手団を派遣しないと決定した場合は締め出されたことにならないため、提訴の対象とはならない。モスクワ五輪のボイコットはこの後者に相当すると伝えられた。

 ただ、NOCの参加判断が焦点でも、政治の後ろ盾をどう考えるかによって、対応は変わる。モスクワ五輪での欧州各国の動きをみると、政治とスポーツの亀裂は好ましくなくとも、五輪後に修復すればよいとの信念が感じられた。

 欧州各国のNOCは「五輪は国家間の競技ではない。参加しても特定の政治的立場を受け入れることを意味しない」と訴えた。英政府閣僚が「すべて終われば、利害はどうであっても関係は修復されるべきだ」と言ったのもこうした主張があってのことだ。

 モスクワ五輪に出場した英国のセバスチャン・コーを追い続けた英紙記者、デービッド・ミラーはコーと見解を異にしようとも、こう書いた。

 「アフガニスタンでの殺戮(さつりく)の一方でソ連の外交政策を承認することは道義的におぞましく、政治的にも賢明ではない。ボイコットは足並みがそろわず、効果は限られていても実行しないよりはましだ。忘れてはいけないのは、中途半端なボイコットは完全に失敗するということである」

 その一方でミラーは「英政府が現実を見ないで国民の大多数を敵に回したのは不誠実だった」と指摘した。五輪後に関係修復に向かうことができるのも世論の存在が大きかった。五輪と政治をめぐる議論では社会の成熟もまた問われる。=敬称略(蔭山実)