陰陽道の「方違」に通ずる羽生「復活の舞」 2月18日

産経抄
フィギュアスケート男子フリーの演技を終え、氷に手をつく羽生結弦=17日、韓国・江陵(共同)

 陰陽道に「方違(かたたがえ)」という習わしがある。目的地が禁忌の方角にあるとき、別の場所で1泊し、向かう先を「吉」の方角に変える。迂遠(うえん)な手順を昔の人はいとわなかった。回り道も人生-という根気強さは、日本人に培われた気質であり美質である。

 ▼「絶対王者」と呼ばれ続けたその人は「たくさんの方々に支えられ、育てていただいた」と感慨深げに語った。右足首のケガという、方違にも似た曲折の末に到達した目的地である。圧勝よりも劇的な金メダルは、天の配剤であろう。平昌五輪の銀盤に神様はいた。

 ▼フィギュアスケート男子の五輪連覇は66年ぶりという。羽生結弦選手(23)である。練習中に転倒し、右足首を痛めたのは3カ月前だった。ぶっつけ本番の氷上で見せたのは、表現者としての繊細さであり競技者としての芯の強さである。退路を断っての演技だった。

 ▼高く跳んだ後の着氷に、テレビ桟敷で力んだ人は多いだろう。演技を終え、両手で右足首をいたわる羽生選手の姿があった。「右足ががんばってくれた。感謝の気持ち」と。宇野昌磨選手(20)は冒頭のジャンプで転倒し立て直しての銀だった。こちらも立派である。

 ▼羽生選手がフリーの演技で舞った曲『SEIMEI』は、映画『陰陽師』の楽曲から7曲を選んで編集し、自らつけた題という。平安期の陰陽師、安倍晴明に想を得たことは言うまでもないが、銀盤に刻まれた羽生選手の「生命」をその目に焼き付けた人もいよう。

 ▼美酒だけを味わって生きられる人が、幸せとはかぎらない。辛酸が、華奢(きゃしゃ)な若者を苦み走ったいい男に変えることもある。思えば美酒も辛酸も、汗と同じ成分なのではないか。勝者の目に光ったものも同じである。美しいものを、見せてもらった。