国難にアイデアを持たない政治家が禄をはむのは遠慮願いたい 論説委員長・石井聡

風を読む

 自民党の石破茂元幹事長が自ら率いる「水月会」の著書出版を発表したのと前後して、古巣である経世会(額賀派)のお家騒動が表面化した。

 派閥領袖(りょうしゅう)へのクーデターと目されているが「安倍1強」体制の下で大勢に影響なく、正直なところ、どうでもよろしい。

 思い起こしたのは、派閥全盛時代に各グループはまがりなりにも「政策集団」を名乗り、時々の課題への提言をきまじめにまとめていたことだ。

 小選挙区制の導入で党執行部に権限が集中し、派閥の方は力も出番も失った。政党交付金への依存度が高まり、領袖が巨額な資金をかき集め、同志の軍資金を賄う比率も縮小した。人事権も官邸と党執行部が握る。

 だとすれば、政策を磨くことくらいしか派閥には残っていないではないか。

 お家騒動をどうでもよいと呼んだのは、このグループには直ちに総裁の座を取りにいく人物が不在で、グループとして「総裁派閥」になる準備もなされていないように見えるからだ。

 その意味では似たり寄ったりの派閥が少なくないが、カネも力も持たない集団が「派閥の効用」をうたおうとすれば、もっと頭を使うにかぎる。

 最近は、政治家が自身の考え方をまとまった形で本にして出す機会が減ったようだ。複合的な国難を抱える時代に、アイデアを何ら持たない政治家が禄をはむのは遠慮願いたい。とりわけ与党議員ならばだ。

 見込みのある政治家として頭角を現せば、官僚たちも大いに協力するはずである。

 「岸破聖太郎」という言葉が、どれくらい浸透しているだろうか。総裁選への出馬が取り沙汰されている人物らの名前を合わせた造語だ。

 この人(たち)には、ぜひ9月までに本を出すことをお勧めしたい。この国の現状をどう思い、国民に何をしてくれるのか。政策の担い手であるという証しをみせてほしいのだ。

 政策軽視の野党も相変わらずだが、失言暴言と辞任を繰り返す議員が話題となるような、政権与党の足元も危うい。