科学が伝えるストーリー 「スタットキャスト」がティーンエージャーの野球人気呼んだ

蔭山実のスポーツ茶論

 「数字が語る技術のストーリーをどう伝えるか」。スポーツ観戦の魅力を高めるためにデータを活用する動きが広まっていると聞いて、専門家の話を聞く機会に足を運んでみた。そのときに強く印象に残ったのが、この一言だった。

 「データを利用してより深くスポーツを理解する。データの持つ意味を視聴者は理解する必要があり、理解が深まれば、楽しみ方の幅が広がる。スポーツを文化としてより深く根付かせることができる」

 そう聞いて、デジタル時代で社会も文化も変容するいま、データ活用もスポーツ振興の柱として考えなければいけないと感じた。

 発端は米大リーグで2015年から始まった「スタットキャスト」にある。カメラやレーザーを駆使して試合中の打球や選手の動きを解析し、その結果を画面で紹介するシステムだ。

 球速や打球の飛距離といったこれまでのデータにとどまらず、投球の回転数、打球の速度や角度、走者の加速、野手の最初の一歩の速さ、捕球から送球までの時間と、計測対象は幅広く、まさに目の前の野球を完全に解剖していく。

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 日本でも最近、大リーグの中継で投球の回転数などを画面で見られるようになったが、重要なのは、このシステムを導入したことで、米国ではこれまで関心の薄かったティーンエージャーの間で野球が人気になったということである。

 ゲーム感覚で、スマートフォンからテレビでは届かない情報を楽しむ。スタットキャストは野球を楽しむ新しい世界を切り開いた。スポーツを新しい角度から知ることで、その競技のファンは増えるということが分かったのである。

 何を知ると楽しいのかが問題だが、それは収集、解析するデータの中身にかかってくる。数字が「よい」と判断されたときに次に何がもたらされるか。大事なのは数字で見えた選手の技術が新たなドラマを生む期待感だ。観戦しているだけでは見えてこないストーリーにつながっていく。

 同時に、データの意味を理解するには教育が必要である。スポーツの楽しみはファンの教育があって広まってきた。10年後は野球をもっと知っている時代へ。データは野球を文化として社会に残していく重要なツールとなりうるだろう。

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 野球を科学するにもいろんな角度があるが、一方で非常に興味深かったのが、昨年12月、慶大のキャンパスで開かれた特別展「近代日本と慶應スポーツ」で公開された慶大野球部元監督、前田祐吉氏の生前の“野球ノート”であった。

 「緩い球ほど精魂を込めよ。球速の変化こそ投手の技術」「遠投で肩が強くなるか。角度が違う。同じ努力なら時間の無駄」「一定の水準に達した選手が明らかに体力を増したとき、技術の壁を破る」…。

 1985年当時、講演を控えて作成したもので、既成の概念に疑問を投げかけ、その答えを見いだそうとしている。「よい回転よりも不安定な回転の投球」「上からではなく、ある角度で下から打つ打撃」。大リーグでいまや当たり前の技術を30年以上も前から主張し、指導してきた。東京六大学野球のリーグ戦で慶大の試合を見ると、その成果がいまもうかがえる。

 観戦のためのデータはトレーニングの評価として選手の目線でも利用できる。遅まきながら前田氏の思い描いた野球が日本にも広まりつつあるようだ。