相撲協会は威厳を持て…示唆に富む板垣退助の「相撲改革」

中江有里の直球&曲球
中江有里さん(宮川浩和撮影)

 今年は明治維新から150年の節目。大河ドラマの主役、西郷隆盛が注目を集めているが、明治維新の立役者のひとり、土佐出身の板垣退助も忘れてはならない。

 「一體(いったい)私は武人出身の人間で誠に不風流のもので、七、八歳の頃から相撲が好きであった」。板垣退助全集(原書房)に収められた「相撲漫談」(明治32年)の書き出しから分かるように板垣は大の相撲好きだった。竹馬の友である後藤象二郎とも相撲を取っていたそうだ。

 全集には「相撲改革」(同44年)という文章も収録されている。

 「抑(そもそ)も力士の協會(きょうかい)に於(お)けるは、恰(あたか)も国民の国家に於けるが如(ごと)き者にして、若(も)し協會にして威厳を有せずんば力士を統一する能(あた)はず、(中略)是故(これゆえ)に力士にして自己の幸福を得んと欲せば協會の威厳を重んじ、之(これ)が規律節制に服し、協會と共(とも)に浮沈するの覚悟なかるべからず」

 少々長い引用になったが、相撲協会と力士を国家と国民の関係にたとえ、協会が威厳を持っていなければ力士を統一することができない。力士も幸福を得ようとするなら、規律節制し、協会の威厳を重んじよ、という意味だろう。また協会と力士は浮き沈みをともにする覚悟を持つことともある。

 板垣が記した背景には「相撲の無政府状態」があった。協会役員の不正を見かねた末の苦言だったのだろうか。

 他にも地方巡業や病気力士、「待った」の規定など相撲について多岐にわたる意見を記している。政治家として多忙を極めた板垣だが、議会中以外は本場所をかかさず見たそうだ。その上これほど熱心に発言したのは、相撲への思いがあったからであろう。

 日本の政党政治の立役者にして相撲のご意見番でもあった板垣の葬儀では力士たちがひつぎを担いだとも言われている。昨年末の暴力事件に端を発したさまざまな報道がメディアで取り上げられるが、協会と力士たちの心中は本当のところどういうものだろう。

 もし現代に板垣退助がいたら、いったいなんと言うだろうか。聞いてみたい。

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【プロフィル】なかえ・ゆり

 女優・脚本家・作家。昭和48年、大阪府出身。平成元年、芸能界デビュー、多くのテレビドラマ、映画に出演。14年、「納豆ウドン」で「BKラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。フジテレビ「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。