創作漢字 「バーチャル」を漢字一文字にするならば… 清湖口敏

国語逍遥(93)

 私が所属する論説委員室の主な業務は「主張」(社説)の執筆である。読者の皆さんはお気づきでないかもしれないが、上下2本の主張の場合は縦書き見出しの字数がともに11字と決まっている。過不足が生じれば、別の言葉への言い換えや漢字と仮名の置き換えなど、11字に合わせるべく知恵を絞ることになる。

 厄介なのは長々しいカタカナ語で、例えば「コンピューター」ならそれだけで7字を費やし、とても見出しには使えない。漢語で「電脳」とすれば2字で済む。カーナビゲーションならカーナビに、ドメスティックバイオレンスならDVにと、世間で定着している省略語やアルファベット略語を用いることもある。

 適切な言い換えがどうしても見つからないケースもしばしばだ。パソコン関連語の「ファイアウオール」を仮に「防火壁」と訳したところで、読者には何のことだか理解されまい。時代の流れに日本語の生産が追いついていないのだ。

 「バーチャル」はどうだろう。何だ、それなら「仮想」という立派な訳語があるではないかと思う人も多かろう。実際に大抵の国語辞書もそのような訳語をあてており、弊紙も原則としてそれに倣っている。

 平成15年、国立国語研究所が外来語(カタカナ語)の言い換え案を提示した際も、「バーチャル」は「仮想」と訳された。しかしバーチャルリアリティー(VR)に関する技術と文化への貢献を目的に設立された「日本バーチャルリアリティ学会」は、「仮想」は不適切だと反論したという。

 17年に開かれた同学会第10回大会の報告に、概略次のような記述がある。

 〈「バーチャル」は決して「虚構」でも「仮想」でもなく、「事実上の」という意味であるとの認識は学会員の間では常識だ〉

 大会では、バーチャルの意味が正しく伝わるよう、バーチャルを表す漢字として「●(りっしんべんに実)」が提案された。心に関係する立心偏(りっしんべん)と「実」との合字で、読みは「ジツ・ばーちゃる」、字義は「みかけや形は原物そのものではないが、本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」と定められた。どの辞書も載せていない創作漢字だ。

 VRに関しては全くの門外漢の私だから、「●」が示す概念に言及する立場にはないが、ただ、新しい字が創案されたことにはある種の感慨を覚える。これまでの日本になかった新しいモノや文化、概念を表すには、新しい字を創った方が便利なのは間違いない。

 日本人は古来、畑や辻、峠、笹といった和製漢字(国字)を数多く創ってきた。なかでも際立って多いのが魚偏の国字で、海洋国の日本では魚の種別を表すにも大陸生まれの漢字だけでは用をなさなかった。

 現代医学に欠かせない膵(すい)臓(ぞう)の「膵」や汗腺の「腺」も国字である。漢方医学では五臓六(ろっ)腑(ぷ)説に膵臓や腺の概念がなかったため、オランダの医書に出てくるこれらの器官や組織を表す漢字が存在しなかった。そこで蘭医の宇田川玄真は両字を案出し、『医範提綱』で用いた。文化2(1805)年のことである。

 むろん単なる思いつきやデタラメではなく、偏旁(へんぼう)のルールをちゃんと踏まえている。さまざまな分泌物が泉のごとく湧くところから「泉」を旁(つくり)とし、体の組織を示す肉月(にくづき)を偏としたのが腺である。膵と腺は蘭学者の間に普及し、明治以降に医学用語として定着した。わずか200年ほど前に新製された腺は今、常用漢字になっている。

 先人が数々の国字を創り出さなかったら、現代人はどれほど不便をかこつことだろう。だから私たちも好き勝手に新しい字を創り、使えというのでは、決してない。漢字という表意の文字体系にそなわる優れた造字・造語力を大切にしたいと思うだけである。

 西洋文化の摂取と普及が急務だった江戸末期から明治の頃、知識人らは元素や引力、郵便、関税、経済、警察など多くの漢語を編み出した。国字といい和製漢語といい、中国発祥の文字を自家薬籠中のものとしたわが国の先賢たちの能力の高さを改めて思わずにはいられない。

 弊紙などが主催する「創作漢字コンテスト」も昨年で第8回となり、審査結果が先月27日付の紙面(写真)で発表された。最優秀賞の「■(にすいに舞)」と「▲(くにがまえに紙)」は、加地伸行審査委員長の選評にもあった通り、それぞれ正統派とデザイン派の作品として最高点を得た作品である。いずれも「フィギュアスケート・アイスダンス」「ティッシュ」と、外来語(カタカナ語)を読みとしている点が興味深い。

 長い言葉を漢字1字で表せるのは実に重宝である。草冠を上下に2つ並べただけの字を「ぼさつ(菩薩)」と読ませるなど、国字にはもともと筆記の省力化を図った例が多いが、■や▲も随分と省力化された“経済的”な字で、覚えるのも簡単だ。どこかで使えないものだろうか。

 さて、平昌冬季五輪の開幕が来月に迫った。日本選手の活躍が期待されるが、好結果を受けた「主張」の見出しで、もし「■」が使えたらどんなにうれしいことだろう。「■のメダル量産に酔った」「■は今や日本のお家芸だ」…ウン、われながらいい見出しだ。字数もピタリ、11字である。