火中の栗を拾う財界総理 政府や与党に是々非々で提言する姿勢を忘れないで 論説委員・井伊重之 

日曜に書く
経団連会長に内定した中西宏明氏

 経団連の次期会長に日立製作所の中西宏明会長の就任が内定した。榊原定征会長の就任要請を中西氏が受け入れたことに胸をなで下ろした財界人は多い。「本命」とされた中西氏が固辞すれば、4年前と同じ迷走が繰り返される恐れもあったからである。

 当時、住友化学出身の米倉弘昌会長は、自らの後任に日立会長を務めていた川村隆氏を考えていた。だが、川村氏は米倉氏の要請を何度も固辞し、最後には自身が相談役に退く人事を決めてしまった。その川村氏は、今回の会長人事の相談に訪れた中西氏に「あなたの好きにすればいい」と背中を押した。

◆経団連の存在感は低下

 日本経済はいま、デフレ脱却の正念場にある。それだけに過去最高益が相次ぐ大手企業には、今春闘で脱デフレにつながる着実な賃上げが求められている。とくに日立はトヨタ自動車と並び、春闘相場を牽引(けんいん)する立場だ。正式発足前の中西経団連にとって暖機運転にふさわしい舞台といえる。確かな成果を出してスタートダッシュを切ってもらいたい。

 経団連には日本を代表する大手企業約1350社のほか、100以上の主要な業界団体などが加盟している。政府・与党に政策提言で注文を付け、ときには経済界を代表して政府との交渉に臨む。その会長は「財界総理」とも呼ばれる。

 しかし、その存在感の低下が指摘されて久しい。法人税減税や規制緩和を求めるあまり、政権の意向ばかりを気に掛ける。そんな腰の引けた姿勢も響いているのだろう。ただ、経団連の求心力が落ちている最大の理由は、財界総理にふさわしい人材をトップに起用できなかったからではないか。

◆会長人事で駆け引きも

 会長人事をめぐって川村氏に断られた米倉氏は結局、同じ化学業界で東レ出身の榊原氏を後任に選んだ。米倉氏の前任者でキヤノン出身の御手洗冨士夫氏の意中の候補は、パナソニックを立て直した中村邦夫氏だった。だが、川村、中村両氏とも年齢や家庭の事情などの理由で実現しなかった。

 もちろん会長になれば、資金や人員などで出身母体の負担は重い。会長としての発言のせいで、政治家や世論からバッシングを受ける場合もある。会長が敬遠されるようになったのは確かだろう。

 かつて財界総理の座をめぐっては、自薦・他薦を含めた激しい駆け引きが繰り広げられてきた。なかには2期4年の任期途中で会長を引きずり下ろそうとする動きさえあった。先月亡くなった東芝の西田厚聡氏も会長に意欲を示し、全国紙が1面で内定とまで報じた。だが、先輩の岡村正氏が当時、日本商工会議所会頭を務めていたため、最終的に断念に追い込まれた。

 その東芝はいま、米原子力事業の巨額赤字で経営再建の途上だ。副会長の常連だった東京電力も福島原発事故で財界活動から身を引いた。産業界への発言力を考慮し、すそ野が広い製造業から会長を選んできた経団連だが、今後は商社や銀行を含めた金融・サービス業からも人材の抜擢(ばってき)を考えるべきだ。

 経団連は政府に対し、電力の安定供給などのために原発活用を求める立場だ。それだけに原発事業を手がける日立出身者が会長に就けば、「利益誘導」との批判を浴びかねない。そんな懸念も十分に分かった上での会長就任だろう。

◆ときには「嫌われ役」に

 その中西氏には、日立でみせた経営手腕を経団連でも遺憾なく発揮し、民間から日本経済の再生につなげる役割を果たしてほしい。着実な成果を重ねることが、自らへの批判を封じ込めることにもなる。

 ざっくばらんな性格で知られる中西氏だけに、ときに空気を読まず、嫌われ役になることも厭(いと)わないでもらいたい。榊原会長は前会長時代にぎくしゃくした安倍晋三政権との関係の修復に追われたが、政府や与党に是々非々の立場で政策を提言する姿勢を忘れないでほしい。

 政府・与党に注文を付ける以上、自らの責任を果たすことも欠かせない。産業界で相次ぐ品質不正は、日本の製造業への信頼を失墜させた。不正を根絶するためにも実効性ある企業統治を促すことが求められる。

 経団連会長のバトンを引き継ぐのは経済人の重い責務である。皆が嫌な役回りを避けていては何も始まらない。少なくとも中西氏は火中の栗を拾った。その姿勢は評価したい。(いい しげゆき)