明治人の世界への発信力を見習おう 1月1日

産経抄

 「オイ胃吉さん、お目出度う」「ヤアこれは腸蔵さん、去年中はお世話さまでしたね。また相変りませずか、アハハ」。明治36(1903)年の正月、「報知新聞」を開いた読者は、面食らったことだろう。

 ▼連載の始まった小説の冒頭は、腹の中の胃と腸による新年のあいさつである。大食漢の文学士を主人公とする『食道楽』には、630種の料理が登場して、作り方まで解説している。単行本が出版されると、空前のベストセラーとなった。

 ▼作者については、ほとんど忘れ去られていた。その生涯が見直されたのは、黒岩比佐子さんによる評伝『「食道楽」の人 村井弦斎』のおかげである。漢学者の家に生まれた弦斎は、東京外国語学校でロシア語を学び、1年間の米国留学も経験している。

 ▼日露戦争が始まると、英文小説『HANA』を刊行した。花子という娘をヒロインとして、現実の戦争と同時進行していく。黒岩さんによると、花子の父親が米国人の若者に「武士道」について語る場面がある。弦斎の目的は、海外の世論に働きかけることだった。日露戦争は正義の戦いであり、日本は人道国家である、と。当時20以上の海外の新聞雑誌に書評が掲載されたそうだ。

 ▼『武士道』といえば、新渡戸稲造が日本人の道徳観を世界に紹介するために書いた著書として、あまりにも有名である。明治33年に米国で出版され、世界的なベストセラーとなった。日露戦争の講和条約を斡旋(あっせん)したセオドア・ルーズベルト米大統領も、愛読者だった。

 ▼北朝鮮による核・ミサイル危機。中国、韓国との歴史戦。日本の国柄がますます試される年になりそうだ。明治150年を迎える年でもある。当時の知識人の海外への発信力をまず見習いたい。