来年は明治維新から150年、「転換点」の意味を見つめ直す年にしたい 12月31日

産経抄

 坂本龍馬は、西郷隆盛の器量を鳴り物にたとえて評している。「少しくたたけば少しく響き、大きくたたけば大きく響く」。一説によると、龍馬はこう続けている。「惜しむらくはこれをつく撞木(しゅもく)が小さかった」。

 ▼謙遜だろう。幕末の煮え立つ時勢の中で、偉材と偉材が天下国家のあり方を論じ合う。西郷という巨大な鐘を、緩急織り交ぜながら撞(つ)く姿が目に浮かぶ。この出会いが龍馬の中に尾を引く余情を残したのは、想像に難くない。年が押し詰まると思い出す挿話である。

 ▼龍馬の没後150年となる今年は、幕末さながらに多事多難の年だった。唐突な総選挙があり、Jアラートに飛び起きる朝があった。トランプ米大統領のツイート(つぶやき)に世界が振り回されもした。一人一人が除夜の鐘に回想するのも、多端の日々であろう。

 ▼〈上からは明治だなどといふけれど「治まるめい(明)」と下からはよむ〉。明治改元を皮肉った落首である。来年は明治維新から150年。日本を近代化に導き、国際社会の動乱へと押し出した転換点の意味を見つめ直す年にしたい。さて、どんな年になるのか。

 ▼西郷の遺訓にある。国が辱めを受けたなら「国を以(もっ)て斃(たお)るるとも、正道を践(ふ)み、義を尽すは政府の本務也(なり)」。正しい道を実践し道義を尽くせ、と。北朝鮮の暴発を抑え、中露の野心に身構え、歴史戦に立ち向かう。日本の立場を世界に向けて丹念に説くほかはない。

 ▼強く。感情に走らず。鐘のたたき方が問われる年になる。小欄も日々の出来事を鐘に見立て、強弱をつけながらたたいてきた。「ごーん(Gone=過ぎ去った)」ではなく、わずかでも読者諸氏の中に余韻が残ればいい。〈ともかくもあなた任せのとしの暮〉一茶。よいお年を。