毎年見るのは去った時代への懐旧にすぎない そろそろ「紅白」卒業か 論説委員・鹿間孝一

日曜に書く

 大みそかはNHKの「紅白歌合戦」である。

 なぜ?と問われても、子供のころからそうだった、としか言いようがない。

 昭和30年代の前半、わが家にはまだテレビがなく、雑音まじりのラジオで聞いた。歌よりも、「南極観測船『宗谷』から応援の電報が…」に幼い心が弾んだ。

 記者になると、年を越す勤務も少なくない。仕事をしながら横目でテレビを見ている。誰かがチャンネルを変え、「紅白に戻せ!」と声を荒らげてひんしゅくを買ったこともある。

 ◆最初は正月番組

 第1回紅白歌合戦は、昭和26(1951)年1月3日にラジオで生放送された。正月番組だったのだ。

 渡辺はま子、二葉あき子、近江俊郎、東海林太郎ら紅白7人ずつが出場した。トリは後に国民栄誉賞を受賞した藤山一郎さんの「長崎の鐘」だった。

 当時のNHK東京放送会館で一番大きなラジオ第1スタジオに、約300人の観客がつめかけたという。

 好評だったので翌年も放送され、第4回から大みそかに移された。しかし、これほど長寿の、しかも国民的番組になるとは、誰も思わなかっただろう。

 実は終戦の年の大みそかに、前身の「紅白音楽試合」が放送されている。

 NHKは「紅白音楽合戦」と名付けようとしたが、GHQ(連合国軍総司令部)からクレームがついた。企画書で「battle(戦争)」と英訳したため「敗戦国が何事だ」。で、「match(試合)」に変えて、ようやくOKが出た。

 ◆成功した「3つのS」

 太田省一著「紅白歌合戦と日本人」(筑摩選書)によると、企画したNHKプロデューサーの近藤積(つもる)さんには、ある発想があったという。3つのS、すなわち「セックス」「スポーツ」「スピード」である。

 「男性と女性、これは絶対的なもので、紅白ふたつのグループが男女に組み分けされるということは、番組構成上最大の武器となっている」

 男女対抗は体格や体力差が影響するスポーツではありえないが、歌だからこそ、男女平等、ハンディなしのゲーム展開が可能になる。

 そこにスピード感あふれる演出によって、どちらが勝つか視聴者をハラハラさせ続けるスリルを加える。

 男女平等は米国型の民主主義を植え付けようとしたGHQの占領政策にも合致する。

 余談だが、第1回紅白歌合戦は白組が勝ち、藤山さんの音頭で「エイ、エイ、オー!」と勝ちどきをあげたそうだ。GHQが怒りそうだが、もはやクレームはなかった。

 ◆消えた昭和の残像

 歴代最高視聴率は昭和38(1963)年の81・4%である。「国民的」と呼ぶにふさわしい驚異的な数字だ。

 紅白歌合戦ではエンディングに出演者がそろって「蛍の光」を合唱するのが恒例だが、この年は東京オリンピックを翌年に控えて、三波春夫さんの「東京五輪音頭」で締めくくった。

 作詞家の阿久悠さんは「歌は時代の妖怪である」と言った。「作家の手も歌手の手も離れて、風を起こし、雲を巻き上げる妖怪になるのである」

 「東京五輪音頭」もそうだが、確かに「歌は世につれ-」で、時代を映す、あるいは代弁するような歌があった。

 「レコード大賞も紅白歌合戦も年に一度、選ばれた妖怪としての歌や、非日常の芸を舞台で競うわけだから、茶の間にもその空気は伝染した筈(はず)である。だから、あれほど熱狂した」

 新語・流行語大賞に「忖度(そんたく)」と「インスタ映え」が選ばれた。世相を表す漢字一字は「北」だった。どちらもこの一年を振り返ると、なるほどと納得できる。だが、今年の歌は思い浮かばない。

 高倉健さん主演の映画「駅 STATION」が印象深い。大みそかにふらりと入った客のいない居酒屋で、女将の倍賞千恵子さんと、燗(かん)酒をやりとりする。テレビから紅白歌合戦で歌う八代亜紀さんの「舟歌」が流れる。肩を寄せる二人の孤独が浮き上がる。

 毎年、紅白歌合戦を見るのは、過ぎ去った時代への懐旧ではないだろうか。が、昭和の残像はとうに消えてしまった。今年の出場者の大半は名前も、歌も知らない。

 そういえば、「茶の間」も死語になった。(しかま こういち)