(92)清湖口敏 「くずし字アプリ」 若者に倣って古文献の解読を

国語逍遥
鴨長明作『方丈記』の冒頭部。「行く川の流れは…」の書き出しはよく知られている(国立国会図書館ウェブサイトから転載)

 11月10日付で各紙が報じた今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補30語には、恥ずかしながら知らない言葉がたくさん交じっていた。「刀剣乱舞」もその一つで、ネットで調べてみてそれがゲームの名前であることを知ったとき、「そういえば」と頭をかすめるものがあった。「コレが例のアレだったか」…。

 実は最近、くずし字の解読に興味を覚えだした。若い頃に少しばかり書をかじり、変体仮名なども学んだはずなのだが、どうやら一向に身についていないものと思われる。

 新聞ではしばしば、龍馬や漱石といった歴史的人物の手紙などが写真で紹介され、その達筆ぶりに感銘を受けたりはするのだが、では、そこに何が書かれてあるのか解読せよといわれると、悲しいかなさっぱり読めない。古文献が今、私たち現代人にとって確実に近しい存在になりつつあるというのに、である。

 国立国会図書館や国文学研究資料館などが大量のデジタル画像をウェブ上に公開しており、わざわざ所蔵館に出向かなくともパソコン等で古人の筆跡に手軽に触れることができる。ただ、くずし字が多用された文献は、私たちが常用する文字に翻字されたテキスト類がなければ、読むのは極めて困難だ。

 解読したい…。そんな思いが膨らんでいった頃、スマートフォンやタブレット向けの「くずし字学習支援アプリケーション」が無料で入手できることを知り、さっそく『アプリで学ぶくずし字』(飯倉洋一編、笠間書院)なる本を手に取ってみた。

 そこに紹介されていたのが「刀剣乱舞」で、私はその名前をすっかり忘れていたのである。刀剣を擬人化したこのゲームは若い世代に人気を呼び、ゲームをきっかけに若者の間でくずし字への関心が高まったそうだ。実際の刀剣を見に博物館や美術館に行くと、くずし字で書かれた折り紙(鑑定書)も同時に展示されてあり、「くずし字を学びたい」との意欲が湧き起こるのだとか。

 そんな彼らの強い味方となるのが先のアプリで、名を「KuLA(クーラ)」という。私が宣伝してあげる義理は全くないのだが、このアプリ、実にスグレモノである。3つの機能があり、「まなぶ」機能では変体仮名や漢字の草書体が学べる。ここでの学習やテストを一通り終えたら、次は「よむ」機能へ。方丈記や新刃銘尽後集(あらみめいづくしこうしゅう)(刀剣書)など実際の和本の画像を翻字テキストなしで読めるかどうか、成果を試せるようになっている。

 残る3つめが「つながる」機能だ。何か読めない文字に遭遇したとき、文字の写真を添付し、フェイスブックやツイッターなどのネットワークを通じて同好のユーザーに助けを求めることができる。まさに至れり尽くせりではないか。

 KuLAはもともと、国文学研究資料館が作成する30万点もの古典籍の電子画像を、いかに活用するかという課題から着想されたもので、大阪大学を中心とするプロジェクトによって開発された。経緯は『アプリで学ぶ~』にも詳しいが、目を引いたのは、くずし字解読への欲求がとりわけ古地震学研究者に強かった事実である。過去に発生した地震の詳細を知り、そこから将来の災害に対する教訓を得るのは、地震学者にとって必須なのだという。

 思い起こせば東日本大震災直後の平成23年3月28日付の小欄でも、日本書紀や方丈記における地震の描写をご紹介したことがあった。KuLAの「よむ」機能に方丈記の冒頭部が収められているのも、この鎌倉初期の随筆が地震や竜巻などの災害を詳細に記しているからだろう。

 現在のわが国では毛筆を使う習慣がすっかり薄れてしまい、正真正銘の日本の文字であるくずし字が、外国語以上に難解なものになってしまった気がする。日本文学研究者のロバート・キャンベルさんはそんな現況を憂え、「日本人はくずし字を学ぼう」と提唱した。「江戸時代に書かれたもので、いま活字で読むことのできるものは恐らく全体の一割にも満たない。版本や写本など、多くがくずし字のまま放置されている」「たかだか百四十年前でも、くずし字で書かれた和本を読む基礎的なリテラシーがないと、この資料にはアクセスできない」(文芸春秋2015年8月号)

 よし、若い刀剣ファンに倣って私もゲームに、いや、くずし字の解読に、真剣に取り組んでみよう。