「弱虫ぽー」が教えてくれた 論説委員・山上直子

日曜に書く

 彼はいつも仲間にいじめられていた。からだは大きいのに、気が弱くてけんかはからっきしダメ。そもそも戦う気もあまりないらしかった。よくいえば穏やかな性格だが、いわゆる“弱虫”である。

 食事のときも遠慮がちで、いつも席を譲って自分の番が来るのを待っている。殴られても脅されても争わず、怖くてたまらないときにだけ、たまに小さい声で抗議するが、それでまたいじめっ子に追いかけられてしまう。毛をむしられてけがをすることもあった。

 だから友達も少ない。見た目もパッとせず、いつも傷ついて薄汚れていたからだろうか。公園の隅で1人、ぽつんと座っているのが常だった。

家族に迎えられ

 あるとき、そんな彼をふびんに思った近所のカメラマン夫婦が気にかけてくれるようになり、数年後に、家族に迎え入れてくれた。ほっとしたのもつかの間、気の強い姉妹たちがいて、今度は家庭内でもいじめられる。

 それでも彼はいじけず恨まず、マイペースを貫いた。時折、両親が預かる小さな子供たちの世話も、進んで引き受けるやさしいお兄ちゃんだった。家族になじむ努力を続けるうちに、姉妹たちも彼のやさしさを理解し、受け入れてくれるようになったのである。

 そんな彼を病魔が襲ったのは数年前のことだ。治る見込みの少ない腎臓病だった。薬や点滴で治療を続けたが、しだいに痩せて弱っていく。最後は食事もできなくなり、鼻からチューブを入れて栄養補給をした。

 「それでもけっこう元気で、自分でトイレにも行けましたよ」とお父さん。最後はお父さんにからだをさすられながら、息を引き取ったのだった。

 彼の名は、ぽー。ちょっと変わった尻尾の模様から、そう名付けられた雑種ネコである。

広がる共感

 いじめられても、生来のやさしさを失わず、懸命に生きたぽーの物語が、先月、フォトエッセー「やさしいねこ」(太田康介著、扶桑社)として出版された。筆者で元戦場カメラマンの太田さんが、その“お父さん”である。ネット書店のランキングでもペット部門の1~2位を維持して人気だが、背景には、ぽーの生き方に共感した著名人らの後押しがあった。

 そのうちの一人は、セリフが心にしみると人気のマンガ「夜廻り猫」の作者、深谷かほるさんである。「泣く子はいねが~」とさまよい歩くはんてん姿のネコが、悩みや苦しみを抱えた人に寄り添い、黙って話を聞いてくれる人情マンガだ。太田さんの話を基に作品を書き下ろし、エッセーにも収録された。

 次に、帯のコピーを書いて推薦したのが、コピーライターの糸井重里さん。さらに糸井さんや深谷さんがツイッターに投稿すると、シンガー・ソングライターの矢野顕子さんがリツイートするなど、一気に拡散していった。

動物の被災は続いている

 先日、京都・立命館大学でのワークショップに参加した太田さんにお会いした。付き合いは東日本大震災の後からで、最初は、震災直後に現地に入り動物たちの惨状を撮影した写真集の取材だった。「のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録」である。太田さんを見て人恋しそうに寄ってくるガリガリの犬、痩せ衰えたネコ、折り重なるようにして餓死した牛たち…。人間がいなくなった町で次々と息絶えていく動物たちの姿が克明に記録されていた。

 その後、太田さんはボランティアで被災地のネコの餌やり活動を始め、現在も1人で帰還困難区域も含め被災地に通い続けている。かつて人に飼われていたネコの子孫たちが細々と命をつないでいるからだ。「できることをやるという気持ちでやってきました」という太田さん。「目の前にいる動物たちを救いたい。なぜならイヌやネコは本来、野生ではないからです。彼らの被災はまだ続いている」。給餌箱を設置して定期的に通うが、イノシシやアライグマなど野生動物との戦いだという。

 もう一つ、戦っているのが人間の「無関心」だ。実はぽーの物語がさまざまな人の琴線に触れたのも、たかがネコの話と片付けられない「いじめ」問題があり、「世間の無関心」という根本的な問題を内包しているからではないか。

 3・11から6年8カ月が過ぎた。忘れるわけにはいかない、そしてずっと無関心であってはならないと、改めて思う。(やまがみ なおこ)